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「絶対に移籍させない。引退だ」ボクシング元日本王者に起きた移籍トラブル…勝手に出された“引退届”「不良の神様が作ったジムの悲劇」
text by
細田昌志Masashi Hosoda
photograph byGetty Images
posted2023/07/03 17:01
38歳の現役プロボクサー近藤明広(左)。自らも認める「不思議なボクシング人生」を語る(写真は2017年の世界タイトル挑戦時)
そして、三垣龍次(M・T)の保持する日本ライト級王座への挑戦権を手にする。しかし、意外なことに試合前「勝てない」と見られていたのだという。
「実はその前の数戦が、格下相手に競った試合ばかりで、すっきりしない試合だったんです。後援者の方から『もっと打ち合え』とか『スカッと倒せ』とか言われて、会長も『どうせタイトルマッチをやっても勝てないから断ろう』って言ってました。でも、僕は『やらせて下さい』と。と言うのも、僕自身も『どうせ勝てない』って実は諦めていて(苦笑)。『どうせ勝てないんだから、あっさりチャンピオンに倒されて日本ランカーから落とされよう』なんて考えたんです」
しかし、この日本タイトルマッチこそが、近藤の“諦め力”が最初に発揮された試合となるのだからわからない。「どうせ負けるんだから、最初から飛ばしてやりたいようにやろう」と試合開始のゴングと同時に猛ラッシュ。後先考えない玉砕戦法が奏功して、1R45秒TKO勝ちを収めたのだ。実は勝利の陰には、ある発見があった。
「三垣さんがリングに上がるとき、ファンの人に何度もお辞儀したりしてたんです。実はこれには僕も身に覚えがあった。デビュー戦のとき、友達や同級生にお辞儀したりしていたら、何だか変にリラックスしてしまって、試合に向かうテンションじゃなくなった。それでゴングが鳴ったんで、めちゃくちゃ焦ったんです。つまり、三垣さんの姿を見て『あ、スイッチが入ってないな』って気付いた。『だったら最初から打ちまくろう』って。その作戦がうまくいったんです」
そして、こう付け加える。
「もし、この試合『絶対に勝たなきゃ』っていうつもりで臨んでいたら、そのことに気付いても、初回から飛ばすことはなかったと思う。いい意味で諦めていたからこそやれたと思うんですよね」
いきなり世界戦のオファー「1階級落とせませんか?」
晴れて日本王者となり、大学中退の負い目を払拭したどころか、所属ジムに久々のチャンピオンベルトをもたらし、その上、世界ランキング入りまではたしたことで、近藤の生活環境は一変した。
「祝勝会に次ぐ祝勝会で、何だかよくわからない(苦笑)。それでも時の運というのは恐ろしいもんで、練習不足だったのに初防衛戦もあっさりクリア。そうこうしたら、世界戦の話まで舞い込むんですよ」
この時期、WBA世界スーパーフェザー級王者だったのが内山高志である。内山の所属するワタナベジムから「近藤選手、1階級落とせませんか?」と世界戦のオファーがあったというのだ。