棋聖戦が黒星スタートで相変わらず不調説は囁かれていたが、正念場の第2局を逆転勝ちしてタイに戻した。やはりこの将棋も序盤から永瀬に押し込まれ気味で苦戦したが、終盤で飛車をタダで取らせる綱渡りの勝負手を成功させた。結果的にこの勝利は大きかった。迎えた第3局では、藤井が近年の進化の片鱗を見せたのである。

第1局では永瀬に苦しめられた藤井　©JIJI PRESS

鬼才が嘆息した藤井の研究の深さ

　先手の藤井が角換わりに誘導し、挑戦者が受けて立った。永瀬が分岐点で前例の少ない手を用いて、自分だけに準備がありそうな局面に持ち込もうとした。開始から1時間25分で72手も進む異常事態の中、藤井に突きつけた局面は「かなりマニアック」と永瀬自身が評するほどであった。

　しかし、である。

　藤井はわずか10分で敵陣に歩を打った。研究があることは明らかで、意表を突かれた永瀬は84分の大長考で桂を跳ねたが、疑問手で形勢を損ねた。そこからは藤井の独壇場だった。終局して1時間半後、私は挑戦者と電話でこの将棋を振り返っていた。永瀬は、藤井の研究の深さに仰天していた。取材の終わりに「どこまで研究すればいいんですかね」と私が呆れたように言うと、永瀬は「そうなんですよ」と嘆息した。その相槌はいまでも耳に残っている。

　この勝利で藤井はシリーズの流れを引き寄せた。第4局は先手の永瀬が序盤から飛車をぶんぶん振り回して揺さぶろうとしたが、藤井の的確な対応の前に苦戦に陥り、無理攻めを強いられて散る格好となった。藤井は3局指した開幕戦の敗戦から巻き返し、一気の防衛を決めたのだ。

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