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甲子園の風BACK NUMBER
“7時間目まである公立進学校の野球部”の意識改革はイチローさんの指導から…「考え方や姿は選手に響いた」かけがえのない経験とは
posted2023/06/18 11:01
text by
間淳Jun Aida
photograph by
Naoya Sanuki
甲子園はゴールの1つ。唯一の目的地ではない。静岡県富士市にある県立富士高校は高校野球に別の価値を見出している。チームを指揮する稲木恵介監督が言う。
「選手たちに甲子園を目指そうと言ったことはありません。勝利が目標とさえ口にしていません」
富士高校は、静岡県東部有数の進学校として県内で知られている。その名が全国区になったのは昨年12月だった。野球部が元メジャーリーガーのイチロー氏に直接指導を受けた。野球部が競技を普及させるために続けている地元の児童を対象にした野球体験会と、文武両道の姿勢にイチロー氏が興味を持ったためだった。
高3夏が終わり、力を出し切って納得することが大目標
多くの高校球児と同じように、富士高校の選手にとっても甲子園は憧れの舞台ではある。しかし、最大の目標は別のところにある。
「明るく元気に良い表情で野球をする」
練習から緊張感や厳しさを排除しているわけでも、勝敗を度外視しているわけでもない。富士高校は今年の春季大会で県東部地区の予選を勝ち抜いて県大会に出場している。稲木監督が説明する。
「良い表情は、試合で満足のいくプレーが出た時に自然と出ます。満足のいくプレーをするために何が必要なのか、練習で追求するわけです。高校3年生の夏の大会が終わった時、力を出し切って納得することを大目標にしています」
稲木監督は2022年の春からチームを指揮している。就任直後、カルチャーショックを受けたという。選手たちに高校卒業後も野球を続けるかを問うと、1人も手を挙げなかった。野球部員の約7割が理系。軸足は学業にある。実際、今春の卒業生は国立大学や難関私立大学へ進学している。
「生活の全てを野球に使うのは現実的ではありません」
稲木監督は富士高校へ赴任する前、三島南高校で野球部の監督を務めていた。2021年の選抜高校野球大会では同校史上初となる甲子園に出場し、当時主力だった前田銀治外野手はドラフト3位で楽天に入団している。部員の3人に1人は高校卒業後も野球を続けていた。稲木監督は甲子園を目指し、次のステージでも活躍できる選手を育てる方針を富士高校に来てから大きく転換した。
「富士高校では、生活の全てを野球に使うのは現実的ではありません。競技として野球をするのは高校が最後になる選手ばかりです。限られた練習時間を最大限に活用して選手の力を伸ばし、仲間と一緒に最後の夏を笑って終われるチームを目指そうと考えました」