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村田諒太はゴロフキン戦をどう振り返る? 映像を見ながら明かした「やれてるじゃん、俺」「むしろ考えないことに集中した」
text by
村田諒太Ryota Murata
photograph byTakashi Mochizuki(BIFE pictures)
posted2023/05/05 11:02
引退後初の著書執筆のため、昨年4月のゴロフキン戦の映像を久々に見返した村田諒太。本人が明かしたのは…
2人が無事にリングを下りることができますように
午後8時45分過ぎ、先に僕の入場曲である映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」の主題曲が流れ、ドレッシングルームを出る。パソコン画面に映る自分の表情は、我ながらこれまでのどの試合とも違って見えた。かつてのような作り笑顔でもなければ、新型コロナウイルス禍前の19年に行った最近の2試合の険しい表情とも違う。何を考えているか読み取れない表情とでも言えばいいだろうか(実際、僕は何も考えていなかった)。
この本のもう一人の主人公、田中ウルヴェ京(みやこ)さんからは試合翌日、「あの顔で来たからびっくりしたよ」と言われた。ありのままの自分でいることができたのだとしたら、それは京さんとの半年間に及んだメンタルトレーニングのおかげだろう。
花道をゆっくり歩き、青コーナー下に着いた僕は、胸の前で十字を切った。「2人が無事にリングを下りることができますように」と祈りを捧げリングインした。
青コーナーで僕はひたすら「無」の境地にいた
続いてゴロフキンの入場。僕はリング上で軽く体を動かしながら待つ。彼のおなじみの入場曲「セブン・ネーション・アーミー」を聞きながら、この場に本当にゴロフキンがいることにワクワクする気持ちと幸せな気持ちがあった。僕がプロデビューする前から世界チャンピオンの座に君臨し、目指すべきチャンピオン像を体現してきたボクサーである。ただ、今は倒さなければならない相手でしかない。このときの僕はもう、ゴロフキンを恐れてはいなかった。カザフスタンと日本の国歌斉唱、リングアナウンサーによる選手紹介の間、青コーナーで僕はひたすら「無」の境地にいた。
普段はあれこれ考えすぎるほど考えてしまうタイプの人間なのだが、これまでの経験から、試合ではその弊害を感じていた。あれをやろう、これをやろうと考えると、それに囚われてしまい、パンチを出すのがワンテンポ遅れたり、練習してきた動きが出せなくなったりするのだ。やるべきことの確認作業は試合の48時間前には終えている。リングに上がったら、むしろ考えないことに集中した。
第1ラウンドは「自分のスタートも悪くなかった」
当初試合が予定された21年12月29日から数えて101日目。一時はもう聞くことはできないかもしれないとさえ思った、第1ラウンドのゴングが鳴った。