情熱のセカンドキャリアBACK NUMBER
肩書きは「風゜呂(プロ)サッカー選手」プラチナ世代の元Jリーガー・高野光司(30歳)はなぜ”裸一貫”の覚悟で銭湯をPRするのか?
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byShigeki Yamamoto
posted2023/04/09 11:13
元JリーガーでU-17W杯にも出場した高野光司(30歳)さん。現在は「すえひろ湯」で働き「風゜呂サッカー選手」の肩書きをもつ
アスルクラロとも1年で別れを告げ、プロとして契約を提示されたJFLの鹿児島ユナイテッドに移籍。サッカーのみに時間を費やせることを、これまで以上にありがたく感じた。この年チームはJ3昇格を決め、高野もその感慨がありつつもチームのスタイルに自分が適合できていない苦悩がつきまとっていた。4年ぶりにJの舞台に戻った2016年シーズンが開幕しても、それは変わらなかった。
試合中に「俺、本当にサッカーが好きなんだろうか」
「意図して弱く出したパスであっても“そんな弱いパスじゃダメだ”という認識を持たれてしまって、ストレスを溜めていたのは事実です。自分の育ってきた環境というか、自分がやってきたことまで否定されているような気がして。“ごちゃごちゃやらないで前に蹴れ”とも言われるんですけど、俺のやっていることってごちゃごちゃなの?と思って、どうしても前に蹴れない自分がいて……。
あるとき“俺、本当にサッカーが好きなんだろうか”って試合中に思ったんです。試合には勝ったんですけど、格段うれしくもなければ楽しくもない。今思えば、プロとしての自覚が足りていなかったんですけど、そのときはただただ疲れたなって」
段々とサッカーに対する情熱が薄れてきていることに気づかされる。何とか気持ちを奮い立たせていこうとするものの、抗えなくなっていた。シーズン途中に引退を決めた。
将来を有望視された“プラチナ世代”の一人は、華々しい活躍もなく静かにプロの舞台を去った。しかし己の歩んだ道に、一切の後悔はないと言い切る。
「良かったなと思えたのは、多くの人と関われたこと。6年で5クラブに在籍して、チームメイトやスタッフが毎回代わっていくなかで、接し方、人とのつき合い方というのはとても学べたし、その地域の方、ファン、サポーターの方とも交流を持つことができましたから。これはやっぱりサッカーの魅力だと思うんです。今、この仕事をしてもかなり役立っています。アルバイトの子が仕事、楽しそうにやっているかなとか周りを見ながら仕事ができているので」
自分の原点とも言える銭湯の仕事へ
引退後はマネジメント業などを経て、自分の原点とも言っていい金春湯に帰ってきた。
日本独特とも言える銭湯の文化を広めたいとの思いから親族の会社に入り、掃除やボイラー室の管理など裏方に回りつつも年を重ねた馴染みの客を見つけたら背中を洗ってあげることもある。
そんな折、大井町の銭湯が閉業することになったために品川区浴場組合を通して会社が引き継ぎ、サウナ室やシャワー設備などを改修。「すえひろ湯」としてリニューアルし、高野もスタッフとして入ることになった。