9回裏は無失点に抑えても、持ち味の制球力を発揮できていないことへの不安だけが募る。延長10回。先頭バッターにスリーベースを許し、ホームゲッツーを取りやすいため満塁策の指示が出る。ひとり、ふたり……敬遠のためボールを大きく外す作業も、「暴投したらどうしよう？」と萎縮してしまう。

多分、打たせて取ることはできないな

　ノーアウト満塁。初球のカーブがバッターの胸元へすっぽ抜けた時点で、押し出しデッドボールが脳裏をよぎる。

「多分、打たせて取ることはできないな」

　いつものようにボールを制御できない福本は、三振を狙いにいった。カウント2-2からの5球目。選んだボールは外角のスライダー。

　あっ！　投げた瞬間にわかった。「ストライクじゃない」と。それどころか、ボールは無情にもキャッチャーの横をすり抜け、バックネット方向へと転がっていった。

　福本はマウンドに突っ伏し、しばらく動けなかった。569球目に訪れた、無情なる結末。チームメートに抱きかかえられながら立ち上がった花咲徳栄の絶対エースは、天を仰ぎごめん、ごめんと、溢れる涙を拭えなかった。

あんな試合ができたことに感謝

　延長15回で決着がつかず、再試合も延長戦にもつれ込んだ合計5時間24分にも及ぶ死闘が終わった。歴史的大激戦の指揮者でもある岩井は、充足感に満ちていたという。

「最後のボール、低めいったんだから。『低めに放れ』って言い続けてきた福本が、それを貫いてくれたんですよ。最後に福本とアン君が投げて決着がついた。今思い返しても、あのセンバツは達成感しかありませんよ」

　目を細める監督と想いをシンクロさせるように、“敗れざる主人公”もあの春を謳う。

「ピッチャーとして自信がないところから、少しずつ経験を積ませてもらい結果を残せるようになって、あんな試合ができたことに感謝ですよね。これから高校野球が変わっていったとしても、こういう経験は選手にとって変わらないことだと思います」

　再試合のち延長戦でのサヨナラ暴投。

　その悲劇は、物語を知る者たちにとって、かくも美しいフィナーレでもあった。

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「えっ、次の相手はダルビッシュ…？」20年前、甲子園で戦った花咲徳栄エース“2時間26分の記憶”「生徒に言っても信じてもらえない」

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