このシーズンの浦和は元ブラジル代表FWエジムンドを東京ヴェルディから完全移籍で獲得するなどして着々と戦力を整え、何らかの国内タイトルを獲得する意欲に溢れていた。その出端を挫く要因を生んだ長谷部が心底落ち込むのも無理はない。

『これで次の出場機会はない』

　そう悟った10代の選手はしかし、ここから飛躍への道を突き進むことになる。それは、シーズン開幕からわずか2試合でエジムンドが浦和を退団してしまったことがきっかけだった。攻撃陣の急先鋒を失ったハンディをどのように埋めるのかという記者からの質問に対し、指揮官のオフトは平然とした表情でこう言い放ったのだった。

「エジムンドがいなくても何の問題もない。我々には、長谷部誠がいる」

必ず浦和、日本を背負って立つ選手になるだろう、と

　現役時代に日本代表、そして浦和でオフトに師事した福田正博氏（現・解説者）が語る。

「オフトはよく、キャンプ中のホテルのロビーやクラブハウスのレストルームなどでコーチングスタッフとカードゲームに興じていた。でも、これは単に遊んでいたわけじゃない。オフトはゲームをしながら、選手たちの様子を常に観察していたんだ。『この選手は誰と仲が良いのか』、『チームメイトにどんな態度を取っているのか』、『仲間内で、どんな立場なのか』などとね。そのうえで、各選手の素養を見極めていたと後で聞いた。

　例えば、平川忠亮（現・浦和ユースコーチ）には小言を浴びせてもへこたれないから、あえて彼に厳しく接して他の若手へメッセージを送るようなことをしていた。打たれ強い性格だと察した長谷部にも、あえて厳しい態度で接していたように思う。『この選手には反骨心があるだろう』とね。オフトは最初から見抜いていたんだと思う。『長谷部は必ず浦和、そして日本を背負って立つ選手になるだろう』と」

　オフトは公言通り、出場停止明け初戦となったJリーグ第1節の鹿島アントラーズ戦で長谷部を先発に抜擢している（長谷部自身はこの事実を覚えていない）。そしてプロ2年目の長谷部はJリーグ30試合中28試合出場2得点、リーグカップ9試合出場1得点をマークし、文字通りチームの中核へと成長し、ここから一気にJリーグ屈指のミッドフィールダーとして名を馳せていく。

2003年の長谷部　©JIJI PRESS

　2023年の冬も深まった今、当時のことを思い返している。長谷部本人は否定するかもしれないが、彼のプロサッカー選手としての素養と実力をいち早く見抜き、かつ高く評価していたのは、オランダ人指揮官のハンス・オフトだった。

（次回へ続く）

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