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〈58歳で死去〉中田宏樹八段が37歳で挑んだ「羽生さんと竜王戦で戦う」夢、藤井聡太16歳との名局…「将棋の勝負はきついものです。でも」
text by
北野新太Arata Kitano
photograph byIchisei Hiramatsu
posted2023/02/10 06:01
Number1060号の取材に応じてくれた際の中田宏樹八段
2002年8月27日夜、大阪市の関西将棋会館の前にある当時の定宿「ホテル阪神」の一室。どうしても眠れなかった。
阿部隆との第15期竜王戦挑決三番勝負第1局の前夜だったが、眠らなくては、と思えば思うほど意識は覚醒した。
「もともと僕は大きな勝負の前夜にそんなふうになってしまうところがあるんですけど……あの夜はどうしても眠ることができなかった。意識していないつもりで意識していたのかもしれません。阿部さんに勝ちたいと思いましたし、羽生さんと竜王戦を戦うのは僕の夢でした」
「あの夜も眠れないままでした」
決勝トーナメントを戦っている夏の間、盤上では輝けたが、勝負が近づくと眠れぬ夜に襲われた。
「昼夜が逆転してしまって、日中に眠気が来るようにもなって。あの夜も眠れないままでした」
阿部は普段から交流の深い棋士だった。麻雀も野球も、時々は食事も共にした。何より、8年前の全日本プロトーナメント決勝五番勝負で激突して敗れた苦い記憶が残る相手だった。棋戦優勝を目指した大舞台で先に2勝1敗と王手を掛けながら、4局目から連敗して敗れ去っていた。
「最終局も大逆転で負けていたので、あの時のことはやはり思い出してしまいました。阿部さんと指すなら今度は勝ちたいと。また負けてしまうのはあまりにつらいから」
挑決三番勝負は全局、当時の流行型だった横歩取り△8五飛。激しい空中戦を戦い、勝勢を築いた第1局を落としたことが結果として大きく響いた。次局を制したが、最終局は阿部の会心譜となって終わった。