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「イチローを上回る打率.389+2年連続三冠王」のバース、「MLBは低評価→NPBで大活躍」のラミレス…「外国人の野球殿堂入り」の先駆けに
posted2023/01/16 17:00
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph by
Sports Graphic Number
2023年の野球殿堂入り表彰者が発表された。競技者表彰のエキスパート部門では78.6%(154票中121票)でランディ・バース、プレーヤー部門で81.7%(355票中290票)の得票率でアレックス・ラミレスが選ばれた。特別表彰では作曲家の故古関裕而氏。
メディアは「外国人選手の殿堂入りは、1960年のビクトル・スタルヒン以来63年ぶり」と報じている。スタルヒンは日本国籍を取得しなかったから外国人ではあったが、旧制旭川中学を中退して草創期の巨人に入団している。いわゆる「助っ人」「外国人選手」ではない。
実質的に「外国人選手初の殿堂入り」
ラミレスとバースは実質的に「外国人選手初の殿堂入り」と言ってよい。
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日本プロ野球(職業野球)が始まった1936年にはすでにバッキー・ハリス、ハーバート・ノースなど外国人選手がいた。当時の日本野球レベルは低く、日本人選手は、メジャーリーガーはおろかマイナーリーガーと比べても大人と子供の差があった。
戦後、その差は徐々に縮まっていき、メジャーリーガーもやってくるようになる。そして1952年には「外国人枠」が設けられ現在に至っている。
歴代の外国人選手はトータルで1000人を超えており、プロ野球にとって「外国人」は、なくてはならない要素になっている。しかし日本球界は、異国で活躍した彼らの功績を顕彰することには消極的だったと言わざるを得ない。
ランディ・バースと、アレックス・ラミレスはともにセ・リーグで活躍した強打者だったが、全く異なる個性と実績の持ち主だった。
当初バースは「バス」表記だった
バースは1954年生まれ。1972年ツインズに7巡目(全体152位)で入団。
マイナー各レベルで毎年のように3割近くを打ち、出塁率も4割近く、本塁打も多かったが、6シーズンもマイナーで足踏みした。バースは8歳のときに両足を骨折したために全速力で走ることができず、守備も一塁しか守れなかったからだ。しかし打撃練習ですさまじい当たりを飛ばすことは早くから知られていた。
1977年にメジャー昇格するも定着することができず、ロイヤルズ、エキスポズ、パドレス、レンジャーズを経て1983年に阪神にやってきた。
当時のスポーツ紙で「新外国人バス来日」との見出しを見た記憶がある。Bassは普通に読めば「バス」だが、「阪神バス故障」「バスエンスト」みたいな見出しが出ることを懸念した阪神球団が「バース」と選手登録したようだ。「(1976年から3シーズンで79本塁打した)ハル・ブリーデンくらいはやるか」くらいの前評判だった。