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羽生善治は藤井聡太20歳の将棋をどう見ている? 「棋譜を見れば伝わってきます」「32歳差ですか。だいぶ離れてはいますけど…」
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/01/08 11:01
王将戦七番勝負で藤井聡太王将に挑戦する羽生善治九段。藤井聡太五冠の将棋をどう見ているのか、本人に聞いた
「美意識を磨きながらも変えていく、変えなくてはいけないと思っています」
羽生が口にした「美意識」とは?
美意識とは「この形は綺麗だ」「この形は歪だ」といった人間が長年の経験から積み上げてきた感覚だ。8年前、羽生は『AIの影響によって人間の美意識が変わっていくことが本当にいいことなのかどうか。間違った方向に導かれる可能性もある』と疑問を呈していた。だが今は、意図的に変えるという覚悟をしている。
「AIは時系列でものを考えない。評価の高さだけで判断する。人間が思いつかない斬新なものと、50年前の古いものが混然一体となっているのが今の将棋です。美意識を変えるのは、言い換えれば発想の幅を広げることで、美意識を磨くのは、無駄な考えを省くことなんです。考えの幅を広げて無駄を省く。ただこれ、言うのは簡単ですけど、実戦でやるのは大変です(笑)」
――美意識を変えることで人間がAIの将棋とは違う道筋を示すことができる、と。
「そうですねぇ……あとこれ、ずっと先の話ですけど、知能の限界値が見えてくることにもなるんじゃないかなって。わかりやすい例で言うと、陸上100mの世界記録はボルトの9秒58ですよね。これはもう肉体の限界に近い。でも、知能の限界はまだ見えていない。それが段々見えてくることはあると思っています」
――……凄い時代になってきましたね。
「そうですね。人間がそんなことする必要はないのかもしれないですけどね。本当はね。AIに任せておけばいい話で」
羽生の考える限界とは?
――羽生さん自身はどうですか。50代に入って、考え続ける力、深く読む力が少し落ちてきたと感じたりは?
「いや、それは実戦でトレーニングし続けることが大事で、年齢や経験は関係ないと思っています」
――4年前、引き際について聞いたとき『限界まで挑戦したい』と言っていました。今、羽生さんの考える限界とは?
「限界って結局、よくわからないですよね。ええ。何をもって限界かって……(笑い出し)まあ、命が尽きれば限界ですけど、アッハハハ。それが一番わかりやすい」
目を爛々と輝かせて笑う羽生にこちらもつられて大笑いした。これまで何度も感じてきた癒しの感覚が満ちてくる。それは次のように問いかけたときも同じだった。
――タイトル戦の無い日々はどんな変化がありましたか。
19歳で初タイトルとなる竜王を獲得してから、30年に渡って年平均3〜4つのタイトルを保持してきた。タイトル戦登場回数は断トツ1位の137回。年間100日以上は全国を旅してきた羽生にとって、タイトル戦は日常のはずだったが……。
「いや、特に変わったという感じはしないんですよ。まあ、コロナで生活が変わったということもありましたし、社会と同化して変わっているというか(笑)」
――でも膨大な時間ができたわけですよね。
「実はそうでもないです。(取材や講演など)他の用事や雑用も増えるので」
――重荷が取れて身軽になったとか?
「いやぁ、あんまり変わってないというのが率直な実感ですけどね」
――もう一度、タイトル戦の舞台に立ちたいという思いは?