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<藤井聡太王将に挑戦>羽生善治52歳に聞いた、“人生初負け越し”の昨季は「実験の1年」だったのか?「リスクを取らないと長期的にはいい形にならない」

posted2023/01/08 11:00

 
<藤井聡太王将に挑戦>羽生善治52歳に聞いた、“人生初負け越し”の昨季は「実験の1年」だったのか?「リスクを取らないと長期的にはいい形にならない」<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

王将戦七番勝負で藤井聡太王将に挑戦する羽生善治九段。昨季は人生初の負け越しとなったが、羽生はどのような思いでその時期を過ごしていたのか

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高川武将

高川武将Takeyuki Takagawa

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Kiichi Matsumoto

 昨年度は棋士人生37年目にして初めての負け越し。ところが、今年度は前人未到の通算1500勝達成など、不振から脱却してあらためて健在ぶりを示している羽生善治。1月8日から始まる王将戦七番勝負で藤井聡太五冠に挑戦する52歳の衰えない探求心の源はどこにあるのか。自らの現状、AI時代における人間の可能性、そして藤井聡太について率直に語った、Number1060号『[ロングインタビュー]羽生善治「来るべき、小さな光」』(2022年10月6日発売)を特別に無料公開します。(全2回のうち前編/続きは#2へ)

意外と早くやってきてしまった「無冠」時代

 インタビューも中盤に差し掛かった頃、私は思い切って「勝負手」を指してみた。

――昨年沢山負け続けて得たものは何ですか。例えば、負けることの意味とは?

 すると、それまで快調に話していた羽生善治は一瞬表情を変え、「ああ……」と唸ってから、「いや、うーん、そうですね、何て言えばいいんでしょうね……」と考え始めた。どんな手を返してくるのか。羽生がこんな風に言葉を探すときは、決まって意表を突いた答えが返ってくるはずだった。

 羽生と向き合うのは4年と8カ月ぶりのことだった。初めて話を聞いたのは2010年10月、羽生が40歳になった直後のことで、それから9回のロングインタビューを行い各誌に寄稿してきた。

 その間、羽生は加齢による衰えを感じさせない活躍ぶりだった。'14年春に3度目の名人復位を果たし、43歳で四冠王となった。'17年冬には竜王を奪取し「永世竜王」の称号を得て「永世七冠」という空前絶後の大偉業を成し遂げた。'18年9月に上梓した拙著『超越の棋士 羽生善治との対話』(講談社)の中で、当時私はこう書いている。

《この人には「世代交代」という言葉はそぐわないのかもしれない。(略)現実にはそう遠くない将来、羽生のタイトルがゼロになる日が来るだろう(略)それも自然なことに思えてくるのだ》

 その日は意外と早くやってきてしまった。

 '18年冬の竜王戦で広瀬章人八段にフルセットの末敗れて防衛に失敗。通算獲得タイトル100期達成が叶わなかったばかりか、27年ぶりに「無冠」となった。その後、'20年に豊島将之の持つ竜王に挑戦したものの敗退、タイトルの無い日々が続く。

 しかも昨季は、棋士37年目にして初めて負け越してしまう。常に7割前後の高勝率を誇ってきた羽生も、'16年以降は6割を切るようになってはいた。だが昨季は14勝24敗、勝率.368という信じ難い低迷が続き、29年間在籍していた順位戦A級からも陥落。時代は19歳で史上最年少の五冠となった藤井聡太のものとなり、羽生は「レジェンド」などと呼ばれるようになった。

羽生に一体、何があったのか。本人に聞くと…

 ところが――。今季、羽生は見事に蘇った。4月の開幕2戦目から怒濤の8連勝。取材の2日前も今年の竜王挑戦者である広瀬に84手で完勝し、この日まで11勝4敗、勝率.733と好調をキープしている。

 羽生に一体、何があったのだろう。

 好調の要因を聞くと、彼は4年前と全く変わらない飄々とした調子で話し始めた。

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