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ドラフト1位公表“1時間前の知らせ”に「まさか」…楽天・荘司康誠が語る“リーグ戦わずか2勝”の立教大時代「学生コーチ転向も考えていた」
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2022/12/21 17:31
ドラフト1位指名を受けた楽天に入団する荘司康誠。右は沖原佳典スカウト
立教大の先輩から勧められたのが、トレーナーの北川雄介だった。東京都内でトレーニング施設を運営し、プロ・アマ問わず野球選手のパフォーマンス向上に助力する北川の存在を荘司は知ってはいた。
初対面での北川からの第一声。それだけで、荘司は信頼を置くようになった。
「指、ちょっとズレてるね」
北川の眼力に、荘司が驚愕する。
「『右手中指の軸がズレてる』って。そんなことまで考えたことなくて、『え!?』って」
右肩の痛みの原因が、肩回りの筋肉が硬く、位置もズレているなか無理に投げ続けていたからだと北川に教えられた。施術によって問題のあった箇所を正常の位置に戻し、さらに筋肉をほぐす。そして、身体を動かしながら理想的なピッチングフォームのレクチャーを受けた。正味1時間程度。かなり力を入れて腕を振っても問題ないほど、荘司の右肩は劇的に回復していた。
今でもこの現象を「怖い」とすら感じている。そんな荘司がさらに驚かされたのが、施術後に北川から告げられた言葉だった。
「プロに行けるよ。だから、頑張って」
要領を得ないまま「あ、ああ、ありがとうございます!」と返事こそしたが、頭が追い付いていなかった。右肩の痛みが消え安堵しているなか、今度はプロを目指せるなど、あまりにも飛躍しすぎていたからだ。
ただし、「野球人生が変わった」と断言するように、荘司にとって大きな分岐点だったことだけは間違いない。
「現実味はないけど『目指さないといけない場所なんだろうな』って、ぼんやりと思えるようになりましたね。北川さんと出会って、自分の可能性がどんどん広がっていきました」
大学2年、秋の覚醒
荘司が抱いた可能性が確信に変わったのは、復帰後初の実戦となった2年秋のオータムフレッシュリーグだった。
ちょうどのこの時期にグローブを新調した荘司は、内側に<信は力なり>と刺繍した。
今まで――右肩を負傷する以前にもなかった感覚は、ボールが物語る。149キロ。約1年もマウンドから遠ざかっていた男は、自己最速を7キロも上回っていた。
そこからのパフォーマンスは右肩上がりだった。自身の東京六大学デビューとなった3年春に151キロをマーク。一躍ドラフト候補にリストアップされ、4年生の春のリーグ戦が終わる頃にはプロを意識するようになった。
そして、4年生の夏。東京六大学オールスター戦で157キロを叩き出し、荘司の評価は「ドラフト1位候補」にまで上昇した。