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[ノンフィクション]またどこかで一緒に 酒井宏樹と工藤壮人の物語
posted2022/12/08 08:02
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
Kenichi Arai
今年10月、熱き点取り屋、工藤壮人は32歳で突然この世を去った。少年時代から強い絆で結ばれた酒井は言う。「思いをずっと持っていたい」と。3度目のW杯に挑む酒井の、そして彼を知る人々の心の中で、今も工藤はピッチを駆けている。
アイツはちゃんと仕事をする。日本から見ていても頼もしかった。
「さすがだなって。気持ちが入り過ぎているわけでもなくて」
声の主は、今季J2ヴァンフォーレ甲府を率い天皇杯を制すというビッグサプライズを起こした吉田達磨。柏レイソルジュニアユース・ユースのコーチ・監督として酒井宏樹をはじめ「黄金世代」を育て上げたことでも知られる。ダビド・ラウムに高い位置を取らせ、ジャマル・ムシアラと連係して日本の右サイドに襲い掛かる強豪ドイツの猛攻にも、落ち着いて対処しようとする酒井の職人ぶりに目を細めていた。
この1カ月ほど前、酒井が宮崎にいたことを吉田は知っている。水頭症で手術を受けたJ3のテゲバジャーロ宮崎でプレーする工藤壮人の容態が急変して集中治療室に入ったからだ。工藤とずっと一緒に戦ってきたレイソルユースの数名が駆けつけたのだった。吉田はそのなかの一人、比嘉厚平から連絡を受け取った。スマートフォン越しの声は言葉になっていなかった。
「アイツらがこれだけ泣くような状況なんだなって理解しましたし、“落ち着け”というほかなかったです。
彼らの仲の良さには、別に言葉は要らない。競争意識があって、仲間意識があって、サッカーを通してまとまっていて……言葉で言い表せないような関係なんです」