ボクシングPRESSBACK NUMBER
「パッキャオは奇跡の増量に成功した…」凄腕ボクシングカメラマンが激写した“覚醒の瞬間”と、あのメイウェザー戦前の「異様な数日間」
text by
福田直樹Naoki Fukuda
photograph byNaoki Fukuda
posted2022/09/04 11:02
常識破りの増量でボクシング界を席巻したマニー・パッキャオ。ブレイク前から“パックマン”を撮り続けた福田直樹氏が語る覚醒の瞬間とは
リングサイドで激写した覚醒の瞬間
新章のスタートはWBCライト級王座への挑戦となった2008年6月、ラスベガスのデビッド・ディアス戦。アジア初の4階級制覇がかかっていたものの、パッキャオの経歴の中では、比較的地味な部類に入るカードだったかもしれない。しかし、個人的にはこれが彼のキャリアの大きなターニングポイントになったと今でも考えている。
増量によって覚醒したとでもいえばいいのだろうか。ジャブやステップ、ボティワークがとても滑らかで、これまで前のめりすぎた攻撃にも適度な抑制が効いている。こんなにクレバーなボクシングもできるのかと、リングサイドで感激しながら撮影したものだ。9回、左カウンターでタフなディアスが前のめりに沈み、同時にパッキャオの中量級シリーズが幕を開ける結果になった。
それでもライト級を制したばかりのパッキャオが、次の試合でさらに2階級上げてウェルター級のスーパースター、オスカー・デラ・ホーヤと対戦すると発表した時には「いくら何でも無謀だ」という意見が多かったはずだ。私もさすがに危険すぎると心配していたのだが、世間の予想を常に超えてきた男は、2008年12月のこのチャレンジでも驚愕のボクシングを展開した。肉体をビルドアップさせながらも本来のスピードを維持し、覇気のないデラ・ホーヤを終始圧倒してしまった。先手を取られ続けたデラ・ホーヤは8回終了時にとうとうギブアップ。パッキャオが残したたくさんの偉業の中でも、体格差を乗り越え、不可能を可能にしたこのラスベガスの圧勝劇は、極上の価値を放っている。
奇跡の増量に成功したパッキャオは、以後も試合のたびに素晴らしい仕上がりを見せてくれた。英国のヒーロー、リッキー・ハットンには今も語り継がれる戦慄の2回KO勝ち。フェザー級時代にはサイズ的に一切接点がないと思われていたミゲール・コット、アントニオ・マルガリート、シェーン・モズリーといったビッグネームを立て続けに撃破して、ボクシング界の常識を塗り替えていった。呆れてしまうほどの快進撃だった。
私はこの中量級編の頃、パッキャオが契約するトップランク・プロモーションズと競合関係にあったゴールデンボーイ社系の「リングマガジン」でメインカメラマンをしていたため、パッキャオ戦のリングサイドポジションをなかなか貰えず、2階のエリアから望遠レンズで撮影するケースが多くなっていた。当然、選手の挙動や試合の細かい流れを間近で観察できなくなっていたわけだが、それゆえに気づいた点もある。リングから数十メートル離れた場所でありながら、試合前と試合後、必ずパッキャオの目線が我々のポジションにくるのだ。