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大坂なおみに敗れグランドスラム2度のV逸…史上最多優勝に「1」届かず“引退”表明の40歳・女王セリーナが4年前に言い放った「わたしは犠牲になるかもしれない」
text by
内田暁Akatsuki Uchida
photograph byHiromasa Mano
posted2022/08/31 17:00
今月、競技から事実上の引退を表明したセリーナ。全米の観客は女王の迫りくる終止符に熱視線を送っている
内外からの重圧がセリーナの心のたがを破壊した
アメリカ中がセリーナの復活劇に熱狂し、24度目の優勝を期待した大坂との決勝戦。その切望感は大会会場のみならず、いたる所に踊るポスターや広告として、ニューヨークの町に溢れかえった。
史上最多に並ぶ記録、最強の称号、黒人女性、そして母親――。
あらゆる要素が、彼女のためのステージをお膳立てしていた。
だが……それら内外からの重圧が、決勝で劣勢に追い込まれた時、セリーナの心のたがを破壊した。第1セットを失った後、第2セット序盤でコーチの指示を得たとして、彼女は警告を受ける。その数ゲーム後にはラケットを折り、この試合2度目の違反行為として、ポイントペナルティを受けた。判定に納得いかぬセリーナは、今度は主審に激しく抗議を始める。
「この泥棒!」理不尽さに満たされたスタジアム
「あなたは私からポイントを奪った。この泥棒!」
この一言が発せられた時、主審は寂しそうな表情を浮かべ、セリーナにゲームペナルティを与えた。
ここで主審が下した一連の判定は、ルールブックに厳粛に則ったものではある。だが、会場に居合わせた2万人を超える観客の多くは、状況が飲み込めず、セリーナが不当な扱いを受けたと感じたはずだ。一斉に湧き起こるブーイングが、スタジアムを鳴動させ、一切の理性を塗りつぶす。ツイッターなどのソーシャルメディアには、主審や大会関係者を叱責する、罵詈雑言が飛び交った。
それら、稚拙で理不尽な憎悪の感情に満たされた空間で、当時20歳の大坂は、驚くまでに外界を遮断した。冴え冴えと心を研ぎ澄ませ、自らのプレーに徹する大坂は、最後はサーブで混沌に終止符を打つ。
最終スコアは、2-6、4-6。2021年全豪オープン準優勝と同じくストレート負けで決勝のコートを去った。
ただ、この日の試合後の会見室に現れたセリーナは、女王の威厳をまとっていた。
あらゆる質問に毅然と応じ、自身の過失は否定する。