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競馬PRESSBACK NUMBER
武豊に会いたくて阪大入学&お笑いの世界に…元騎手見習い芸人が振り返る“ニアミス事件”「あれから10年。成功の兆しは全く見えない」
text by
松下慎平Shimpei Matsushita
photograph byKeiji Ishikawa
posted2022/08/20 11:01
2022年、ドウデュースで6度目のダービー制覇を成し遂げた武豊。元騎手見習いの芸人・松下慎平は、憧れの名手と対面することができるのか
ウオッカ&武豊の単勝に15万…養成所入りを懸けた大勝負
当初はそのまま大学生兼芸人として活動する予定であったが、お笑いの養成所の入学金40万円が用意できなかったため、1年間大学生活をしながら入学金を貯めることにした。さすがに豪州での競馬学校生活の費用、1年半の予備校代、大学の入学費と授業料と、親のスネをかじりにかじり倒していたのでこれ以上は親に頼ることはできない。自分で何とかしよう。そうだ、大学も妥協してしまったし、公認会計士か司法書士の資格を狙ってみようかな。そんな芸人まだいないし面白そうだ。未来とはなんと希望に満ちていることか。
そんなことを考えていたら3年生になっていた。あっという間である。その間、武豊はさらに輝かしい実績を積み上げており、私はただただ遊び呆けていた。さらに悪いことに単位もろくに取れていない上、養成所に入るための金もビタ一文貯まっていない。そんな状況下で現役大学生として芸人になるためには、翌年養成所に入学しなければいけない。となると年末までに入学金40万円を学校に振り込む必要がある。
誰のせいでもなく、自分の愚かさ故に追い込まれた私は、10月末に入ったバイトの給料からほぼ全額の15万円を、後に伝説となる2008年の天皇賞・秋につっこむことを決めた。これを40万にできないようなら芸人としてのスタートはさらに遅れ、状況はますます悪化する。
勝負の日。1番人気はウオッカ。鞍上には武豊。単勝オッズは2.7倍。2番人気にはその終生のライバル、ダイワスカーレット。3番人気にはその年のダービー馬ディープスカイ。好メンバーが揃ったレースで、私は迷うことなくウオッカの単勝一点買いを決めた。いや、武豊の単勝一点だ。彼に続いているはずの道で、彼を買わないわけにはいかない。それだけだった。もはやただの使命感である。結果、世紀の名勝負として語り継がれる2cm差の大接戦の末に、私は震える手で40万5千円の払い戻しを受けた。その足で銀行に直行し、入学金と安くない手数料を払い、翌年から芸人人生の幕が上がることになる。
1年の養成所生活を経て、コンビを組み本格的に芸人としての活動を始める直前の2010年3月。武豊が落馬で大怪我を負った。その影響で毎年当たり前だった年間100勝を切るようになり、以前ほど大レースでも結果を出せなくなっている。そんな状況に私は焦りを覚えた。怪我の影響などで調教師に転身したらどうしよう。どんな名手であれ、ターフを去る日は確実にくる。もちろん本人の意志次第ではあるが、意図せずともそうなってしまう恐れのある職種だ。万が一騎手を引退しても、私の芸人としての活躍次第では違う肩書きの彼と会うチャンスはあるはずだが、私が会いたいのは「騎手・武豊」なのだ。早くそこまで辿り着かなければ。そんな私の元に吉報が届いたのは、2012年冬のことだった。