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《F1》身の毛もよだつクラッシュから周冠宇を生還させた「HALO」とは? セナの死からの安全性の進化と事故の歴史
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images
posted2022/07/21 17:00
逆さまになったまま滑走するマシンのコクピットで、周冠宇はヘイローにしっかりと守られた
事故後、FIAのセーフティグループに招集されたのが、ヘルメットメーカーのスタッフたちだった。ただし、このときFIAはヘルメットの基準を変えようとしていたわけではなかった。新しいシステムを導入するにあたって、ヘルメットメーカーの協力が必要だったのだ。そのシステムとはHANS。80年代半ばに発明された頭部と頚部を保護する道具だ。シートベルトで固定されたHANS本体とヘルメットを伸縮性の低い素材でできたテザー(ひも)で結びつけることで、前方から衝突した際に頭部がシートベルトの伸縮性以上に前方へ移動しないようにするデバイスだ。
セナがコースアウトした理由はいまだ謎に包まれているが、コンクリートウォールに激突した際に脳と頸椎に負った深刻なダメージが死因となったのは明らかだった。FIAはまず、正面からクラッシュした際にドライバーの首が前方へ大きく伸び、ステアリングに頭を打ち付けるという事故を防ぐために、HANSの装着を03年から義務付けた。
弛みない安全性の追求
HANSの着用が一段落した04年。FIAはヘルメットの安全性に関してさらなる一歩を踏み出し、新しいレギュレーションをヘルメットに導入。この変更によって、F1のヘルメットはフルカーボン時代へと突入した。それまでヘルメットの素材はFRPが主流だった。FRPとはガラス繊維などをプラスチックと混合させることで強度を上げた繊維強化プラスチック材で、軽くて丈夫なため、長年にわたってヘルメットのシェル(帽体)の素材として重宝されてきた。
だが、セナが死亡した90年代のF1はコーナーリングスピードが上がり、それによって横Gも大きくなっていたため、ドライバーたちはヘルメットメーカーに軽量化をリクエストしていた。ヘルメットメーカーは設定された規格を遵守しつつ、可能な限り軽量化を図っていたが、FIAはそれまでの規格自体を見直し、カーボン製でないと規格をクリアできないようにした。
こうして2000年代に入って、ドライバーの首と頭に対する安全性は格段に高められたが、危険な事故はまたしても起きた。09年のハンガリーGPの予選で、前車から落下したパーツが後方を走っていたフェリペ・マッサのヘルメットを直撃。衝撃によりマッサは意識を失い、マシンはタイヤバリアに高速でクラッシュした。病院に搬送されたマッサは意識を取り戻し、一命を取り留めた。強化されたカーボンヘルメットが衝撃を吸収し、マッサの命を救った。ただし、マッサは頭蓋骨を骨折していたため、人工的に昏睡状態を維持した上で治療するというかなり難しい手術を受けなければならなかった。