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「ジャブが他の選手の右ストレート並。右はその3倍」井上尚弥に挑んだ元世界王者・河野公平の告白… 妊娠中の妻は「井上くんだけはやめて」 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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posted2022/06/05 17:03

「ジャブが他の選手の右ストレート並。右はその3倍」井上尚弥に挑んだ元世界王者・河野公平の告白… 妊娠中の妻は「井上くんだけはやめて」<Number Web> photograph by Getty Images

2016年12月30日のWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ。井上尚弥にボディを打ち込む元世界王者の河野公平さん

妊娠中の妻は反対「井上くんだけはやめてほしい」

 一方で、河野さんの体と名誉を心配するがゆえに井上戦に反対した人もいた。一人は妻の芽衣さん、もう一人はジムの渡辺均会長だった。

「妻にはけっこう強く反対されました。井上くんだけはやめてほしいみたいな感じで。ちょうど妻の妊娠が分かったくらいのころです。精神的に不安定なところもあって、僕が井上くんと試合をしたら壊されると思ったんじゃないですかね。でも、自分としてはやらないわけにはいかない。会長からは2回くらい『やめたほうがいいんじゃないか』と言われました。でも、お願いしますと」

 アマチュア時代から注目され、デビューから無敗で2階級制覇を達成した井上に対し、河野さんの実力が見劣りしたのは事実だ。17歳でボクシングを始め、20歳になる前日のデビュー戦で負けた。悔しくてしょうがなかった。父が自宅にサンドバッグを吊してくれ、ジムで、自宅で、猛練習に明け暮れた。世界タイトルは3度目の挑戦でようやく獲得した。

 無名のグリーンボーイから努力に努力を重ねて2度も世界王座に就いたのだ。周囲が「もう十分やったじゃないか。井上とやらなくたってだれもキミのことを弱虫だとは言わない」と考えるのは当然だった。

 それでもいったん心に火のついた河野さんが決意を翻すことはなかった。いつにも増してトレーニングに力を入れ、心身ともに「最高の状態」で試合を迎えた。会場の盛り上がりは9度の世界戦の中で群を抜いていた。感極まった河野さんはあふれそうになる涙をグッとこらえてリングインした。

 細かい作戦は忘れた。はっきり覚えているのは、最初から最後までフルスロットルでモンスターに襲いかかろうと決めていたことだ。“タフボーイ”のニックネームもあった河野さんはスタミナに絶対の自信を持っていた。間を開けずに井上を攻め続ける。体をぶつけてしつこく手を出し、泥臭く戦って相手をかく乱しようとした。

 ところが――。

【次ページ】 打った瞬間に「あれ、もういないのか」

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