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酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
「高卒1年目でもタクシーで帰っていて…」元ロッテ守護神・荻野忠寛が入団して驚いた《プロ野球選手のリアル》
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byHideki Sugiyama
posted2021/12/25 17:01
ロッテ時代の荻野忠寛。今は何をしているのか
高校からプロに入った選手は、そうではなかった
「日立製作所にいるときも、強化練習に入る2月から日本選手権が終わる11月まで、ほとんど会社に行きませんでした。冬の間は少し出社しましたが、でも給料はサラリーマンそのもので、野球手当みたいなものが少しついただけでした。
一方でプロ野球に入ると契約金もあったし、年俸も一気に上がりました。でも、僕の場合、お金の感覚は社会人の間に身に着けていたので、生活レベルはそれほど変えませんでした。今思えば、それがすごくよかったと思います。
高校からプロに入った選手は、そうではなかった。ロッテは1年目は全員浦和にある寮に入るんですが、当時、僕は遠征から帰って羽田空港に着くと、そこから電車に乗って寮まで帰っていました。だけど他の選手は高卒1年目でもタクシーで帰っていて“なんで電車なんですか?”といった感じで言われた。でも僕からしたら、タクシーなら1万5000円以上かかるし、渋滞していたりしたら電車のほうが早く着くんですよ。でも他の選手はタクシーが当たり前みたいになっていて、けっこう衝撃を受けました。
高校から入って大金をもらって、世間知らずのままでそういう贅沢が当たり前みたいになるのは、怖いですし、ちょっとかわいそうな部分もありますね。
ただ、食事に関しては実家から通っていた高校時代からかなり気を使っていたので、栄養を考えて食べていました。プロに入っても高級食材を食べるとかいうんじゃなくて、体に良いものを食べるようにしていました。お酒を飲む機会も増えましたが、それほど好きではないので、その場の雰囲気に合わせて飲むくらいでした。そういう点でも浮かれてはいませんでした。
ロッテには薮田安彦さん、藤田宗一さん、清水直行さん、小林雅英さんなど、社会人出身の投手が結構多かったのですが、みんな大人の雰囲気で、高卒の選手とはちょっと違いました。高卒の選手からは“ケチだ”と言われたりもしましたが、こんな生活がいつまでも続くことはないし、僕の感覚では普通だと思っていました。
僕はアマチュア時代からどうやったらプロで活躍できるかをずっと考えてきたので、プロに入ってからもできるだけ長く活躍することを考えていました。1年目にそれなりの成績が残ったので、来年も続けられると思いました」<続く>