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「美しくないとイヤだ」現役時代のイチローが高校野球を頑なに見なかった理由《19年にわたるメジャー生活を支えた“強烈な美意識”》
text by
小西慶三Keizo Konishi
photograph byTakuya Sugiyama
posted2021/12/16 11:07
メジャー7年目の2007年には両リーグ最多安打やオールスターMVPなどを受賞したイチロー
この夜は試合終盤に抜け出し、市街の老舗イタリアンレストランに駆け込む予定だった。メジャーのオールスターでは初出場選手はともかく、常連組なら試合途中での早退が珍しくない。だが、イチローはMVP獲得が濃厚な状況にもかかわらず、午後10時30分のラストオーダーを優先しようとした。結局は顔なじみのア・リーグ役員女史に「本当に帰ったら、誰かを捕まえに向かわせるわよ」と半ば脅されるように足止めされ、渋々と日本人初のMVP表彰式に参加した。
「茶髪の人が増えた中で黒髪が美しく見えるように」
その3日後、マリナーズと5年総額109億円で契約延長することが発表された。
「ひとつのチームで長い間プレーすることは、たくさんのプレーヤーができることではない。その可能性を与えてもらったことに大変感謝しています」
移籍が常のメジャーで、生え抜きスターはひと握りだ。節目のコメントにも、彼なりの美意識が見えた。
「そういう選手はアメリカでは少ない。茶髪の人が増えた中で黒髪が美しく見えるように、僕には彼らがすごくカッコよく見えます」
シーズン後半戦は、マグリオ・オルドネス(タイガース)と激しく首位打者を争った。最後はオルドネスの3割6分3厘に対し、イチローは3割5分1厘で2位。9月19日には3割5分4厘としてオルドネスを1厘上回ったが、抜き返された。
「3割3分3厘から打率を上げられる人は限られている。しかも、それまで首位打者を取ったことがない人(オルドネス)が、そこ(9月19日)から1分も上げている。僕にはちょっと想像できないし、素晴らしいことだと思います」
3年ぶり首位打者へのモチベーションは高かったが、後悔の言葉はなかった。
7年連続200安打をクリアし、盗塁ではシーズンを跨いで45回連続成功のア・リーグ記録を樹立。7年連続ゴールドグラブ賞、両リーグ1位の238安打で2001年以来2度目のシルバースラッガー賞も受賞した。
イチローは「天才」と呼ばれることを受け入れた
この年あたりから、イチローは「天才」と呼ばれることを受け入れるようになった。
オリックス時代はその称号に「僕も生身の人間なので」と強く抵抗していたが、この頃は「人と違う景色が見えている。それを天才とするなら、僕もそうなのかもしれない」と考えるようになっていた。年末の単独インタビューでは、こう語っている。
「(他者と)感じるものが違っていれば表現も違ってくる。自分にしかできないこと、ほかとは決定的に違うことを“天才”と定義するなら、そう言われることを受け入れるのもアリではないか、と思うようになりました」
周囲が天才と呼ぶようになってから10年以上が経過したところで、やっと本人に自覚が現れた。そこが天才の天才たる所以なのだろう。
しかし、特別な才能ゆえの苦闘が、翌年には待っていた。アメリカでも、出る杭を打とうとする者はいた。<続く>
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