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落馬事故で大ケガ「ああ、もうクロノジェネシスには乗れない…」最強牝馬を一番知る騎手が明かす《彼女の意外な性格》
text by
軍土門隼夫Hayao Gundomon
photograph byPhotostud
posted2021/10/08 17:04
第100回凱旋門賞に出走したクロノジェネシス。鞍上はオイシン・マーフィー、左端が斉藤崇史調教師。
「クロノジェネシスはまるでペットでした」
ドバイ国際競走が行われた3月当時、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、海外遠征には現在以上にさまざまな高いハードルが存在していた。斉藤調教師も現地の受け入れ状況などを考え、自身は遠征に帯同しないという判断を下した。
「そうなると、自分で馬を直接見ることもできませんし、日本からできることはそうありません。あとは現地に行ったスタッフに任せる、という感じでした」(斉藤調教師)
クロノジェネシスは和田保長調教助手とともにレース9日前、3月18日の木曜早朝に現地に入った。そしてじつは北村もレース1週間前、3月20日の土曜に阪神競馬場での騎乗を終えた後、慌ただしく日本を発っていた。
本来なら騎手は、最終追い切りに乗るなら水曜の朝に現地にいればいい。しかしこれも新型コロナウイルス感染拡大の影響により飛行機が減便されていたため、このタイミングで渡航するしかなかったのだった。
現地に来たはいいが、毎日の調教には和田が乗る。もとより感染防止の観点からも、遊びに行く場所があるわけでもない。1週間、北村にはほとんどすることがなかった。
「僕は(3月24日の)最終追い切り以外は何もやることがなくて、たいへんそうだなあ、と思いながら和田さんの仕事を毎日見ていただけでした。馬の状態は良かったんですが、やっぱり日本とはいろいろ勝手が違いますからね。苦労しているのを見ながら、僕はずっとクロノジェネシスと遊んでいました」
遊んでいたとは? そう訊くと、北村は「そのままですよ。遊んでいたんです」と笑った。
「ずっと馬房にいて、クロノジェネシスと遊んでいたんです。こんなに長い時間、クロノジェネシスといっしょに過ごしたのは初めてでした。あれは本当に楽しい時間でした」
そこで北村は、今まで知らなかったクロノジェネシスの新たな一面を発見した。
「普段はこんなにおとなしいんだということを知ったんです。まるでペットでした。追い切った後でもおとなしいのには本当に驚きました。すごいな、たいした馬だなと思いました」