濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「男子選手に殴られ…」「給料未払い生活」常軌を逸した環境を乗り越え、朱里がスターダムで“メジャータイトル”を制覇するまで
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2021/10/02 11:00
スターダムのリーグ戦、5★STAR GPにて悲願の初優勝を果たした朱里
プロレスと格闘技の同時進行時代は、地方でプロレスの試合をしたあともすぐ東京に戻り、ジムで格闘技の練習に打ち込んだ。そこでも練習相手は男子だった。男子のプロ選手相手に殴られ、蹴られ、投げられ、普通にスパーリングしているだけでアバラが折れた。泣きながら強くなるしかなかった。
「所属ジムではミット打ちを5分10ラウンドやって、それから自分も他の選手のミットを持っていました」
プロのミットは実戦的で、ミットを持つ側が攻撃することもある。ミットの持ち手として下手な受け方をすれば相手にキレられた。罵声を浴びて、肉体と同時に精神も悲鳴を上げた。もちろん練習はミットだけではない。他のジムでフィジカル、柔術、レスリングの出稽古も。1日2部練習、3部練習が当たり前だった。
「あの頃は本当に辛かった......」
タフにならないわけがなかったし、他のプロレスラーが絶対にしていない練習でもあった。そこにも朱里の強みがある。
2019年、2年間のUFCでの闘いを終え、プロレスに専念するようになると変化が訪れた。まともに回らなかった首が動くようになり、減量から解放されてコンディションもよくなった。
「それまでは試合のたびに1カ月で8kgから10kgの減量。生理も止まってしまうんです。それを年に何回もやってたんですから体に悪いですよね。その上、ジムで男に殴られ蹴られキレられ。そりゃ首も動かなくなりますよ(笑)」
格闘技での常軌を逸した練習があり、そこで得たタフさはプロレス専念によるコンディション向上でさらに活きた。今は今でプロレスのダメージがあるし試合数も多いから大変なのだが、それでも「本当にヤバいという時以外は」パーソナルトレーニングで汗を流す。
以前はとにかく「重いのをガンガン上げていた」が、今は低重量高回数で種目を多くしている。ウェイトだけでなく自重トレーニングで体の動かし方を整えることも重視しているそうだ。できるだけ休まないほうがいいが、といってケガにつながるような無茶はしない。自分に必要な練習がどんなものかが掴めてきたのだ。それもまた経験あってのこと。
「プロレスラーであるからには、自分が一番輝きたい」
精神面での変化もあった。朱里は昨年10月、岩谷麻優が保持していた赤いベルトに挑戦して敗れ、スターダム入団を決意した。ところが翌11月、岩谷は林下戦で王座陥落。当時の林下はキャリア3年に満たない新鋭だった。
今年3月、団体初進出の日本武道館で林下に挑戦したのは、さらにキャリアの浅い上谷沙弥。恒例の『シンデレラ・トーナメント』を制したのも上谷だった。若い世代が躍進する中で、自分はどうやって輝けばいいのかと朱里は悩んだ。強いだけでなく、人の心を動かすレスラーになりたかった。