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「批判される方々に心から…」日本のチームメートに嫉妬はなく温かい だが“難民認定ミャンマー代表GK”の言葉が哀切極まる理由 

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木村元彦

木村元彦Yukihiko Kimura

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photograph byKentaro Takahashi

posted2021/09/18 17:02

「批判される方々に心から…」日本のチームメートに嫉妬はなく温かい だが“難民認定ミャンマー代表GK”の言葉が哀切極まる理由<Number Web> photograph by Kentaro Takahashi

Y.S.C.C.横浜のフットサルチームに加入したピエリアンアウン。果たしてどんな道のりをこれから歩んでいくのか

 ピエリアンアウンの夢はいつか将来、祖国が民主化されたら、帰国して日本のサッカー界で学んだものを若い世代に伝えることだという。前田に「そんなアウンには、どんなものを土産として彼に持たせてあげたいか?」と問うた。

「帰国したらミャンマーの子供に教えて欲しいですね」

 前田は即答した。

「うちのチームで感じて欲しいのは、フットサルをただやるというだけではなくて、ファミリーとして集団になることの意味ですね。我々は上も下も無いんです。僕は監督ですから、メンバーを決め、戦術を決め、練習メニューを考える。でもそれは僕が偉いから、上の立場だからではなく、そういう役割だからやっているに過ぎないんです。チーム内では全員がフラットな仲間なんです。それをYSから知って、帰国したらミャンマーの子供たちに教えて欲しいですね。アウンが希望を与えて欲しい」

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 まるで軍事独裁に対するカウンターのようなことを言った。

選手たちは皆、加入をわがことのように喜んでくれた

 9月14日。フットサルへの参戦を決めた松井大輔と並んで、ピエリアンアウンの入団記者会見が行われた。

 最初の挨拶に立った代表の吉野は静かな口調ながら、憤りを口にした。晴れの舞台で「今の気分は曇天」と言ったのだ。

 ピエリアンアウンと松井の入団については、13日に情報解禁をする予定で各メディアもこの協定を守ってくれていた。しかし、10日にどこからか情報が漏れて3日前に一部スポーツ紙に書かれてしまった。責任企業、いわゆる親会社を持たずに今年35周年を迎える小さな町クラブにおいて、これは非常に大きなダメージとなった。

 先に露出してしまったことで、少ないスタッフが幾多のステークホルダーへの説明対応に追われ、また情報を掴んでいながら、クラブの状態を理解して正式リリースの前に動くことを止めていてくれた報道関係者を結果的に裏切ることになり、その信頼関係の修復にも追われたのである。

「曇天」と吉野は言いながら、それでも「本日、ピエリアン選手を受け入れることができました。彼の置かれた状況、祖国を思う気持ちをこれを機会に皆さんに触れて頂きたい」と続けた。

 ピエリアンアウンが、選手プロ契約を結んだことが正式に発表された瞬間である。フットサルというプロスポーツとしてはマーケットの小さなゾーン、YSのメンバーもほとんどが他にも仕事を持っている社会人選手で、「まだ公式戦に1試合も出ていないのになぜアウンが?」という嫉妬の声が起きるのではないかとの心配もしたが、選手たちは皆、わがことのように喜んでくれたという。

日本語で自己紹介、「申し訳なかった」の真意

 会見の主役は日本語で自己紹介をした。何度も練習をしたかいがあって、上手く話すことができた。

「私の名前はピエリアンです。ミャンマーから来ました。どうぞよろしくお願いします」

 席上で「サッカーをするために日本の残留を決めたのでなかったのだけれど、Y.S.C.C.の理事長がその機会を与えてくれたことが、本当に嬉しかった。フットサルのメンバーも本当の兄弟のように接してくださるので、日本にいる間は、このフットサルチームでプレーをして行こうと決意しました」と感謝を述べた。

 ミャンマーで1カ月拘束されていたジャーナリストの北角裕樹が鋭利な質問を投げかけた。

【次ページ】 この日に起きた画期的な2つの出来事とは

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