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「フットサル場に飛び入り参加すると…バレます(笑)」松井大輔40歳、なぜJリーグ復帰ではなくFリーグに?《南アW杯日本代表の決断》
text by
西川結城Yuki Nishikawa
photograph byKentaro Takahashi
posted2021/09/15 11:02
40歳にしてフットサル挑戦を決断した松井大輔。競技の枠を超えた挑戦について彼は今何を考えているのか
直近の挑戦の地は、ベトナムだった。2000年に京都パープルサンガ(現・京都サンガ)でプロデビューしてから、フランス、ロシア、ブルガリア、ポーランドと渡り歩き、昨年12月に横浜FCから自身6カ国目となる新天地に飛び出した。
コロナ禍での移籍。「最初の3カ月は順調だった」というが、チームの成績が下降し始めるとクラブの運営は不安定となっていき、さらに今夏は厳しいロックダウンが発令されると自宅にて完全隔離に。その期間は、約3カ月にもわたった。
「食事はベトナム軍から支給されました。外出はNG、体も思うように動かせず、非常階段を上り下りするぐらいしかできなかったです。メンタルは強いほうだと思っていたけど、さすがに折れそうになりました」
「何かまた違うものが見えてくる経験に」
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途方に暮れていたときに届いたのが、フットサル転向の話である。サッカーチームも持つ(J3に所属)、Y.S.C.C.横浜からの誘いだった。
「コロナでの隔離で人生を考える機会にもなっていたなか、あらためて自分はいままで誰もやったことがないサッカー人生を歩みたいということを再確認しました。ここで、なにか違う道を切り拓くことも面白いのではないかと。だからそう気づかせてくれた今回のオファーにはすごく感謝しています」
Jリーグ復帰の可能性も自分の中では残し、実際にオファーももらった。ただ、一度フットサルに傾きかけた気持ちは、そのまま止まることなく決心にまで至った。
「自分にとって、何かまた違うものが見えてくる経験になるかもしれない。人生のプラスになるんじゃないかと純粋に思い決断しました」
ロナウジーニョやネイマールもフットサルを経験
似て非なる競技に飛び込んでいくことは事実。ただし、これでサッカー選手としての自分が完全に終了するわけではない。その2つをしっかりと理解し、松井はフットサル選手になることを決めた。
今回の話を初めに聞いたときに湧いたイメージ、それは「松井がフットサル、なんだか楽しそう!」だった。