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《京大卒の銅メダリスト》山西利和25歳が語った“なぜ競歩を選んだのか?”「最初から競歩をやりたいと陸上部に入る人はいなくて…」
text by
涌井健策(Number編集部)Kensaku Wakui
photograph byAsami Enomoto
posted2021/08/05 20:00
東京五輪、競歩男子20kmで銅メダルを獲得した“京大工学部卒ウォーカー”の山西利和
「日本選手権では12kmでペースをあげ、そのペースを維持していたら16kmで他の選手が離れたというのが僕の認識です。12kmからリズムをあげて、お互いに休まずに削りあった結果、後ろが離れたのであって、まだいわゆるスパートで切り替えたわけではなかった。実は、もう少し後に勝負のポイントがくると踏んでいて、もうひとつ(スパートのための)ギアを持っていたので。この削りあいの部分こそが“地力”の比べあいだったと考えており、ここまではレース戦略や展開の組み立てがうまくはまっています」
競歩選手にとって「どうしようもなく譲れない部分」
レース展開を語るときの山西の口調はどこか楽しそうだ。眼鏡、理知的な口調とは裏腹に「勝負」が好きなのだろうか?
「試合は楽しめますね。もちろんオリンピックになれば、怖い部分、背負うものもあり、必ずしもわくわくした気持ちだけではありません。そもそもしんどいですし(笑)。
でも、試合で感じるどうしようもないひりつきが好きですね。というか、それがないと競歩をやってないと思います。競歩って歩くという行為自体が楽しい、好きって人はあまりいないと思います(笑)。どう考えても走ったほうが速いですし、気持ちいいし。
ルールの中で枷をはめて自分の体を動かしていくという意味不明な行為は、それがどうしようもなく競技であり、勝負であるからこそ続けていける。ルールすらも勝負のかけひきの材料になる点に面白さがつまっていると思います。競歩は、歩きを“競う”ことに肝があるんです。もしかしたらあのフォームで歩くという行為が純粋に楽しいという市民ウォーカーもいるかもしれませんけど、僕は引退してもそうはならないと思います。
それに、そもそも競歩という種目を選ぶ時点で選手は“戦略的”になっていると思うんです。最初から競歩をやりたいと陸上部に入る人はいなくて、みんな自分が活躍できそう、勝てそうという理由で途中から競歩選手になっていく。だからこそ、勝負をすること、勝つことが楽しいというのは、競歩選手にとってどうしようもなく譲れない部分だと思っています」
「東京オリンピック、自信はありますか?」
最後にストレートに質問をしてみた。東京オリンピック、勝つ自信はあるのか?
「地力、このインタビューでは使っていいですよね?(笑) 地力が高まってきているのは間違いがなくて、勝てるパーセンテージも高くなってきていると思います。ただ、やってみなければわからないから面白いんです。本音を言えば、間違いなく勝つというレベルまで自分を高めていけるのが理想ですが、そこまではいってないということですかね」