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「こっそり前の会社をやめました」トレイルランの日本トップ女子選手(27歳)が長野県警《山岳遭難救助隊》に転身するまで 

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千葉弓子

千葉弓子Yumiko Chiba

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photograph bySho Fujimaki

posted2021/08/07 17:01

「こっそり前の会社をやめました」トレイルランの日本トップ女子選手(27歳)が長野県警《山岳遭難救助隊》に転身するまで<Number Web> photograph by Sho Fujimaki

日本のトップトレイルランナー・秋山穂乃果(27歳)は3年前に警察官に転身した

「平地では遅かったんですけれど、山を走るときには不思議と男子選手にもついていけました。それで自分は山の方が得意なのかなと感じてはいたんです」

 社会人になって報道カメラマンになってからしばらくは、「仕事に全力を注ごう」と走ることから離れていた。しかし、ストレスや暴飲暴食がたたり、1年で8kgも体重が増えてしまう。ダイエットを兼ねて登山好きの母親と北アルプスなどに登るようになり、そこで山岳救助の活動を目にした。同じ頃、会社の先輩が出場したのを契機にトレイルランレースの世界を知り、自らも出場するようになる。

「最初に出場したのは2017年秋の若狭路トレイルラン(43km)で、結果は女子2位でした。そのとき女子1位、男女総合2位だったのが吉住友里さんだったんです。初めて見た吉住さんの走りが異次元で本当に驚いてしまって」

 それ以来、吉住に憧れを抱き、いつか追いつきたいと思うようになる。翌2018年には、富士山麓を舞台とする『STY』(92km)で3位に入賞したほか、四万温泉から草津温泉まで走る『SPATRAIL』(72km)で優勝を果たした。続く2019年1月の『千羽海崖トレイルランニングレース』(37km)での優勝により、『トレイルランニング世界選手権2019』(ポルトガル)の日本代表に選出される。初めて挑んだ世界の舞台では40位、欧米選手との力の差を突きつけられたが、この2年で秋山がめきめき頭角を現したことがわかるだろう。

「もうダメだ」50kmでフラフラになってから…

「警察官になって変わったことですか? そうですね、それまで趣味として出場していたレースを上司に毎回報告するようになったことです。皆さん応援してくれるので、怪我をしないように努めると同時に、結果を出さなければとより強く思うようになって、練習量も増えました」

 昨年12月に66kmのコースで争われた『伊豆トレイルジャーニー』での優勝は、トレイルの関係者に衝撃を与えた。『トレイルランニング世界選手権2021』の日本代表選考でもあったことから、男女ともにかつてないスピードレースになり、女子の部は秋山が得意の登りで差をつけ、平地と下りでは秋山が憧れを抱いていた第一人者の吉住が追い越し先を走るという展開。お互いに声をかけ合いながら進んでいたという。

 そんな流れのなか、秋山は約50km地点でハンガーノック(エネルギー枯渇状態)に陥り、フラフラになってしまう。「もうダメだ」と諦めかけていたが、実は前を走る吉住も同様にハンガーノックに見舞われていた。予想以上のスピードレースに、2人とも補給が追いついていなかったのだ。秋山はラスト10kmで再び吉住に追いつき、「頑張りましょう」と声をかけゴールに向かった。

「これまでどのレースでも吉住選手に勝てたことがなかったんです。想定外のスピードでいつ潰れてもおかしくないくらいの状態だったんですけれど、今日しか勝てるチャンスはないと奮起して、這いつくばってでもゴールしようと必死で走りました」

「しんどい」「あとどれくらい続くんだろう」で差がつく

 トレイルランを始めた頃から憧れていた吉住に競り勝てたことは、自信に繋がった。秋山は自らの強みをどう分析しているのだろう。

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吉住友里
秋山穂乃果

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