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「こっそり前の会社をやめました」トレイルランの日本トップ女子選手(27歳)が長野県警《山岳遭難救助隊》に転身するまで
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph bySho Fujimaki
posted2021/08/07 17:01
日本のトップトレイルランナー・秋山穂乃果(27歳)は3年前に警察官に転身した
「現場で被害者の方たちに手を差し伸べる警察官の仕事ぶりを目にするうち、自分も事実を伝える側ではなく、人を助ける側に回りたいと強く思うようになりました。それで両親に内緒でこっそりテレビ局を辞め、25歳のときに警察官採用試験を受けたんです」
登山やトレイルランで訪れていた長野の山々に惹かれていたことから「警察官になるなら長野で」と決めていたという。試験に合格してから両親に報告すると、「退路を断って決めたのなら仕方がない」と認めてくれ、いまでは応援してくれているという。
「そういう変なキャラだと思われているみたいで」
2019年春に長野県警に採用された後は、まず半年間にわたる警察学校での研修を受けた。警察官としての基礎知識や心構えを学ぶ研修プログラムにはジョギングなども含まれていたが、それでは足りず、空き時間を見つけては一人で筋トレをしたり敷地内を走ったりしていたという。
「研修期間中はなかなかトレーニング時間が取れなかったので大変でした。一人で走っていると、同期たちからは『またやっているよ』と呆れられていましたね(笑)。競技に関してとても理解のある職場なので、いまも時間があればトレーニングをしています。もう、そういう変なキャラだと思われているみたいで」
初任地だった奥信濃の中野市は雪深いエリア。土地柄を活かして、冬にはトレーニングとしてのクロスカントリースキーも始めた。休日ごとにスキー場に通っては半日みっちり滑り、その後はジムで走ったり筋トレしたりして体を追い込む。
「欧米のトップ選手の中には夏になると山で走り、冬になるとクロスカントリースキーをしている選手が多いんです。それで自分も始めてみたのですが、やればやるほど体の使い方がわかってきて面白い。心肺も追い込めますし、持久力も高まる気がします」
この春からは異動もあり、北アルプスの麓にある松本市に引っ越した。自室にパイプを組み立て、帰宅するとそこにぶら下がりながらロープワークの動作を体にたたき込んでいる。地道な努力を積み重ねていくプロセスは嫌いじゃない。
1年で体重8kg増…トレランに出会う
高校時代から陸上競技を始め、大学時代には長距離を専門に走っていた秋山だが、特に速い選手ではなかったという。当時の記録は、3000mが10分25秒、10000mが36分30秒。トレーニングで週1回、キャンパス裏にある六甲山を走ってはいたものの、まだトレイルランレースとは出合っていなかった。