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柳田将洋、東京五輪落選から今思うこと「まだバレーボールをやりたい。頑張れそうだ、って」選出12名にもエール
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byMATSUO.K/AFLO SPORT
posted2021/07/06 11:02
5月の紅白戦でプレーする柳田将洋。その日の夜にネーションズリーグの登録メンバーから外れることを聞かされた
2017年にドイツへ渡り、翌年はポーランド、そして再びドイツへ。欧州の3シーズンで着実にステップアップを遂げる柳田を現地で取材をするたび、決まって話題は日本代表へ向けられた。
それぞれのリーグで対戦する選手たちのレベルの高さや、日本の選手が置かれた現状。今のままじゃ足りない、と日本代表として高めるべき意識や技術について、求める要素は常に多く、何より自分に厳しかった。
ドイツでもこんなシーンがあった。
他の選手がウォーミングアップとして遊びでサッカーに興じた時も、捻挫などケガのリスクがあるからと別の場所で黙々と自重トレーニングを行い、チューブを使った動きで体幹に刺激を加えていた。これぐらいでいい、と妥協する柳田の姿はこれまで見たことがない。常に現状に満足することなく、何が足りないかを探し、克服すべきテーマを定めて懸命に取り組んできた。
“課題”に対して抱いていた不安
19年のワールドカップ、日本代表が4位と躍進を遂げる一方で、柳田の出場機会は限られていた。来たる東京五輪へ、自らのレベルアップを誓い自らに課したのは、攻撃はもちろんだが、サーブレシーブを主としたディフェンス面の向上だった。
「(20-21シーズンで復帰した)サントリー(サンバーズ)ではサーブレシーブをしないポジションに入った。もちろんチーム戦術があって、その中の役割に徹するのは当たり前ですが、頭の片隅には“次に代表がスタートした時にどう入ればいいだろう”という感覚もありました。場所が変わればパッと切り替えられる人もいますが、僕の場合はそうじゃない。コートに立って、試合で結果を出すことが自信につながる。その繰り返しなので、そこがクリアできていない不安は少なからずありました」
リーグ優勝という最高の形でシーズンを終えて代表合宿に合流した。その実績だけを見たら「柳田は当確」と見る人が多かったが、実際はコンディションが上がらず、アピールすることができなかった。