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“愛されたセッター”佐藤美弥、東京五輪を前に現役引退を決意…その理由は?「たとえ周りにどう思われようと私は頑張った、って」
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byNaoki Morita/AFLO SPORT
posted2021/05/20 11:02
2019年W杯やネーションズリーグでは主力として活躍した佐藤美弥(31歳)。昨年8月以降はケガが重なり、実戦の場から離れていた
「我慢して、苦しくて、めちゃくちゃつらかった、そういう感情が全部バーッと溢れて。たとえ周りにどう思われようと私は頑張った、って。あの瞬間、初めて思ったんです」
すべて割り切れたわけではない。だが、人前で、周りの目など気にせず泣き尽したら少し、スッキリしたのも事実だった。
今の自分を受け止め、この身体、今の自分でもう一度だけコートに立とう。本来ならば4月30日から5月5日まで開催される予定だった黒鷲旗全日本男女選抜大会が引退試合になるはずだったが、残念ながら大会は中止に。ユニフォーム姿でコートに立つ目標を叶えられないまま現役生活にピリオドを打つが、不思議なほど心残りはないと笑う。
「嫌なところや悪いところ、全部出しましたから(笑)。今はスッキリした気分で、終わった、と思えるし、今代表で戦う選手、仲間を心から応援したい。ホント、(荒木)絵里香さん、(古賀)紗理那、みんな頑張ってほしいなぁ」
「美弥さんのトスは優しい」
誰からも愛されたセッターだった。
アタッカーの体勢が崩れていたら間をつくる。ほんのわずかな時間でも、次の動きに入る準備をできるように、という些細な気遣いと、そこから上がる柔らかなトスにアタッカー陣はいつも「美弥さんのトスは優しい」と口を揃えた。
コートでは堂々と、華麗なプレーを見せる一方でバレーボールを離れると鈍臭くて、逆上がりもできない。恵まれた運動能力とは程遠いことを誰より理解していたから、連敗を止めるべく1本をつなぐことに必死で、ボールを追いかけながらポールに顔から突っ込んだこともある。欠けた前歯を両手で隠し、泥臭くつかんだ勝利の後、泣きながら笑っていたことをよく覚えている。
Vリーグでは頂点に届かず、夢見た五輪も叶わぬまま、彼女はコートを去っていく。
あのケガがなければ。1年の延期などなければ――また、周囲はいらぬことばかり考えてしまうが、もう見るべき場所は過去でも周りでもない。
たとえ、今いる場所が望んだ場所とは違っていたとしても、これだけは間違いじゃない。
私は、頑張った。
十分誇れる、バレーボール人生。これからも胸を張って、笑顔で歩いていけばいい。