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「兄はお兄ちゃんではない」 日本レスリング界の貴公子・乙黒拓斗が“精神的な問題”を克服できた理由
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph bySachiko Hotaka
posted2021/04/28 11:01
乙黒拓斗はアジア選手権を難なく優勝し、東京五輪へはずみをつけた
「メンタルは成長していなかったといわざるをえない」
コロナによって、試合がなくなったことで乙黒は初めて自分と向き合い、自分の気持ちの粗さに気づいたという。
「自分でいうのもなんだけど、レスリングのテクニックに関していえば申し分ないと思う。でも、メンタルな部分に関していえば成長していなかったといわざるをえない」
だからといって、気づいてから特別なメンタルトレーニングをしたわけではない。
「練習のときから、常にメンタルを意識していただけです」
今大会でも、乙黒のメンタルの成長ぶりは如実に現れていた。例えば、イラン代表との準決勝戦。対戦相手が執拗に指を掴んで気持ちをかき乱そうとしても、乙黒は慌てず騒がず。機を見て、その掴みを切り離し、離れてからの攻防を選んでいた。
「兄はお兄ちゃんではない」
乙黒にとっては今春山梨学院大を卒業し、自衛隊体育学校に入校したこともプラスに働いているようだ。
「(大学でずっと面倒をみてくれていた)小幡邦彦監督から離れるのはすごく悲しかったけど、自衛隊では湯元進一コーチ、井上謙二監督、そしてナショナルチームの前田コーチにずっとついてもらっている。自分は自衛官として、もっとしっかりしないといけないという気持ちが強くなっています」
自衛隊には東京オリンピック代表で、今回のアジア選手権にも出場した男子フリースタイル74kg級の乙黒圭祐も在籍している。乙黒兄弟は幼少の頃から行動を共にし、JOCエリートアカデミーや大学でも一緒に汗を流した仲。巷では「圭祐がいることで自衛隊を選んだのでは?」という憶測もあったが、乙黒は「兄はお兄ちゃんではない。ライバル」と言い切った。
「もちろん仲間ではあるけど、どちらが先にオリンピックで金メダルを獲るかということを考えたらライバル意識の方が強い」