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ヤクザがリングに乱入「審判を殴った」…“拳聖”ピストン堀口のボクシングマネーが裏社会の勢力図を変えた
text by
細田昌志Masashi Hosoda
photograph byKYODO
posted2021/04/25 11:01
戦前~戦後の大スター拳闘家・ピストン堀口(堀口恒男)
そこで国内の大半の拳闘道場を傘下に収めていた全日本拳闘連盟はこの人気に目を付けた。各階級の日本王者とフィリピン選手による東洋王者の対抗戦「東洋選手権大会」の開催を決めたのだ。当然、目玉はピストン堀口の国際戦である。
しかし、当の堀口は小池戦の負傷を理由に欠場を発表する。ノンフィクション作家の山本茂は、負傷に加え、堀口の所属する日本拳闘倶楽部の会長の渡辺勇次郎への根回しが不十分だったことを欠場の理由に挙げている。
結局、堀口を欠いて強行された「東洋選手権大会」だったが、望外の盛況に終わった。強硬姿勢に転じた連盟は、日倶に除名処分を下し、堀口のフェザー級王座を剥奪する。
虎の子の王座を取り上げられたばかりか、試合から干された堀口の心中はいかばかりか。挙句に渡辺勇次郎との不仲まで取り沙汰される始末である。
映画オファーのウラ事情
しかしである。いくら連盟の出場要請に従わなかったからといって、大人気のピストン堀口を試合から干すだろうか。時代の違いもあるとはいえ、怪我を理由に出場を辞退するのは正当な欠場理由でもある。
となると、そうさせるために、裏で絵を描いた人間がいるとは考えられないか。とすれば、それは人気者のピストン堀口を欲していた人物だろう。渡辺の手から引き剝がし、立場の危うくなった堀口を救うという名目で、身許を引き受ける理由が成り立つからだ。
そんなことを目論むとするなら、この時期目玉選手を失ったこの男くらいしかいない。
《日俱の連盟からの除名は堀口の対戦相手をなくした。そのために外人を相手にした試合や地方のドサ巡業に無為な日々を費やしていたところへ、嘉納からお呼びがかかった。ただしボクシングの試合ではなく、日活多摩川(現代劇)の映画出演の申入れである。(中略)
映画の題名は「リングの王者」。その題名が示す通り堀口自身が実名で登場するラブロマンスである。相手役のヒロインは堀口たっての希望で「うら街交響楽」「緑の地平線」に出演した西條エリ子が選ばれた。(中略)
撮影のための拘束期間は一週間だったが、映画が公開されたとき、審判席の中央に嘉納健治が出ていたため渡辺は激怒した》(『千本組始末記』柏木隆法著/海燕書房)
興行界の顔役でもあった嘉納健治は、試合から干されていた堀口を映画に出演させることで恩を売り、人気も保ち、野口進に代わる目玉として取り込もうとしたのだ。事実、映画は大ヒット。地方巡業も堀口人気を高める効果をもたらした。嘉納の目論見通り事は運んだ。
ボクシング興行が山口組を“急成長”させた
その後、ピストン堀口は、トレーナーである岡本不二の興した不二拳闘倶楽部(不二拳)に移籍する。渡辺との不仲が背景にあったという。ともかく、堀口の試合の興行権は嘉納健治が手中に収めると誰もが思った。
しかし岡本不二は、肝腎の興行権を新興の山口組に譲渡したのである。