濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「負けたら那須川天心戦ができない…」 ストレスで眠れなかった武尊はなぜ“最高のKO劇”を見せられたのか
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTakao Masaki
posted2021/04/02 11:03
極度のプレッシャーの中、レオナ戦で見事な勝利を見せた武尊。那須川天心はリングサイドでその姿を見ていた
レオナは“前哨戦”の相手と捉えるには強すぎた
背負うものがあるから、話せないこともあった。もともとヤンチャで人懐っこい若者だ。上京したての頃、クレープ店でのアルバイトでは調理よりも接客のほうが好きだった。新人時代は試合後のエゴサーチが恒例。そんな彼から、笑顔が見られなくなった。それがエースが支払うべき代償だったということか。
それでも武尊は勝ち続け、自分とK-1の存在を大きくし続けた。リング上から「みんなが見たいと思っている試合を実現させます」と天心戦への思いを匂わせると数多くの人間に相談し、実現への道を探ってもいた。
それが行動として表れたのが昨年大晦日だ。RIZINの会場を訪れ、那須川の試合を観戦した。リングを降りた那須川と拳を合わせ、会話をする場面もあった。
いよいよ対戦か。機運が高まる中、那須川は2月に志朗との大一番を制した。今度は武尊の番だ。だがレオナとのタイトルマッチは“前哨戦”などではなかった。そう捉えるには強すぎる挑戦者だった。
丸3年かけ9連勝、武尊が判定勝ちにとどまった試合巧者の村越優汰をKOしてもいる。王座へのモチベーションは、亡くなった母との「ベルトを巻かせてあげる」という約束だった。実力に加え、ファンから見て「勝たせてあげたい」と思う選手だ。
プラスの面でもマイナスの面でもK-1を背負う立場。負傷による1年のブランク。相手を待たせてしまったこと。那須川戦への期待とレオナの強さ、勢い。武尊が感じたプレッシャーの重さは想像もできない。
「僕は1回でも負けたら引退すると決めてるので」
「本当にいろいろなものを背負って挑んだ試合で、過去最高レベルにプレッシャーを感じました。それは相手がレオナ選手だったからでもあるし、対戦相手以上に大きな恐怖と闘った感じもあって」
武尊は試合後のインタビュースペースでそうコメントしている。大会一夜明け会見でも、試合前の日々を振り返った。
「僕からすれば失うものしかない試合でした。みなさんが期待してくれてる試合も、ここで負けたらやれない。僕は1回でも負けたら引退すると決めてるので。
試合が2回延期になって、その分追い込み(練習)の期間も長かった。半年くらいですかね。ずっと試合のプレッシャーを感じてました。毎日、24時間。その間にも大晦日のことがあったり。メンタル的にキツくて“もうこんなキツいことやりたくない、耐えられない”と思った時期もありました。たくさんの人が支えてくれましたけど、それでも最後の2、3週間は不眠症になりましたね。寝ていても記憶があるような状態で」