濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「負けたら那須川天心戦ができない…」 ストレスで眠れなかった武尊はなぜ“最高のKO劇”を見せられたのか
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTakao Masaki
posted2021/04/02 11:03
極度のプレッシャーの中、レオナ戦で見事な勝利を見せた武尊。那須川天心はリングサイドでその姿を見ていた
自分を不利だとする予想に「救われました」
レオナには追う者の強みがあった。武尊には追われる者の苦しさがあった。そうした状況も踏まえ、中継解説者の魔裟斗は事前の勝敗予想で武尊が負ける可能性も示唆している。だがそれが「ありがたかった」と武尊。
「寝れないくらい精神的に追い詰められていたので、気持ちが楽になりました。勝って当たり前ではなく、勝ったら凄いと言われるほうが気持ちが上がるので。すごく救われました。気を引き締めろというエールなんだろうなって」
自分を不利だとする予想に腹を立てるのではなく、むしろ救われるという精神状態はどう考えても普通ではない。そもそも、これでまともに闘えるのか。
闘えたのである、武尊は。いや“まとも”ではなかった。その闘いぶりはとてつもないものだった。
「殺されてもいいという覚悟で殺しにいきました」
序盤、武尊はローキックを蹴る。“流行技”になっているカーフキックだ。負傷した拳のこともあり、打ち合いは避ける作戦だったという。レオナは背が高く、長いリーチを活かしたストレート系のパンチが得意。フック系で打ち合う武尊にとっては相性もよくなかった。
実際、先にパンチを当てたのはレオナだった。左のジャブがかなり“うるさい”。攻撃のテンポを上げるレオナ。しかし武尊は構わず前に出る。そして笑う。キャリア初期からのトレードマークだ。試合が激しくなると、この男は笑顔になる。余裕を見せて挑発しているのではない。楽しくて仕方がなくなってしまうのだという。
1ラウンド終了間際、パンチの打ち合いから左フックでダウンを奪う。2ラウンドにも連打でレオナがマットに手をつき、ダウンの宣告。最後は右クロスでトドメを刺した。そこからコンビネーションで放った左フックは、レオナがヒザから崩れ落ちたため当たらず。武尊は空振りの勢いで転倒しそうになっていた。それくらい強振していたということだ。
「レオナ選手は気持ちが強くて、打ち合いにきてくれた。僕が一番やりたいのは、ああいう気持ちをぶつけ合う試合。倒されてもいいくらいの気持ちで打ち合ってました。作戦無視ですね。この人と打ち合いたいという気持ちになって。殺されてもいいという覚悟で殺しにいきました。死ぬ覚悟がないと殺せない。勝てたのは覚悟の差じゃないかなと。
仲良くなれる人って、フィーリングですぐに分かるじゃないですか。それと同じで、レオナ選手とは“この人とは思い切り殴り合えるな”って。憎くて殴るんじゃないんですよ。久しぶりに楽しく闘えました」