濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「負けたら那須川天心戦ができない…」 ストレスで眠れなかった武尊はなぜ“最高のKO劇”を見せられたのか
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTakao Masaki
posted2021/04/02 11:03
極度のプレッシャーの中、レオナ戦で見事な勝利を見せた武尊。那須川天心はリングサイドでその姿を見ていた
レオナ戦の恐怖は幸せだった
プレッシャーで動きが悪くなるどころか、キャリア最高とも言えるKO劇。数週間眠れなかったのに、リングに上がったら笑顔で殴り合う。リスク回避に徹し、手堅く勝つという選択肢をあっさり捨てて「死ぬ覚悟」ができる。負けたら本当に格闘家として“死ぬ”かもしれないのに、だ。いったい何がどうなっているのか。一夜明け会見で聞いてみた。
「たぶんネジが一本外れてると思いますね。まともな神経なら安パイ(安全策)でやってますよね。AB型だから二重人格なのか。リングに上がるといろんなものを捨てて、もう1人の人格で闘えるんです。いろいろなものを背負っていたけど、最後は自分が楽しむことを優先できました」
レオナ戦には真剣で斬り合うような恐怖があったと言う。その恐怖が幸せだったとも。
「体もストレスで悲鳴をあげてたんだな」
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「打ち合いになったら前に出る人間が勝つ」
武尊はそう確信して前進するそうだ。自分のパワーやスピード、テクニックがずば抜けているとは思わない。けれど気持ちなら誰にも負けない。そうしたシンプルな信念を、武尊は極限まで追い込まれた状況でも貫いてみせた。K-1を背負って背負って、その上で自分が楽しむことを選んで、結果としてK-1を背負い切った。唯一無二の選手と言うしかない。
ゲスト解説を務めた西川貴教との囲み取材、それにインタビュースペースでのコメント。屈託のない武尊の笑顔を久しぶりに見た気がした。
「この感覚は久しぶりですね。プライベートでもほぼ笑ってなかった。表情筋が柔らかくなりました(笑)。肩も首も疲れが抜けてなくて、ずっと力が入ってたんだなと。体もストレスで悲鳴をあげてたんだなって、試合が終わって分かりました」
今は世界が明るく見えます。そう言ってまた笑う。彼はこの笑顔でもファンを魅了してきたのだ。すべてを失うかもしれなかったこの日、武尊は本来の魅力をすべて取り戻したのだった。
そんな武尊を、リングサイドで那須川天心が見ていた。大晦日の返礼としての観戦だった。武尊はあらためて対戦をアピールし、喝采を浴びた。そこに“アンチ”の居場所はなかった。