イチ流に触れてBACK NUMBER
「翔平にも投げてみたいねぇ」150キロ超えの“打撃投手イチロー”が見た〈打者・大谷翔平〉とは?
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph byAFLO
posted2021/03/20 06:00
キャンプで打撃投手として現役さながらの豪速球を投げ込むマリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターのイチロー
開幕まであと2週間に迫ったこの時期なのに、レギュラークラスの打者がボールを前に飛ばせないのである。振り遅れのファールか、前に飛んでも球威に押されて差し込まれた打球が逆方向に転がるだけ。打者が打ち返そうと力めば、マウンドからイチローさんが「ステイバック!(重心を後ろに残せ!)」と注意を送る。
ゆる~い空気が一転し、緊張感が生まれ、打者の集中力が試合同様に高まっていくのが肌で感じ取れた。
いい練習だと実感した。そして、思った。
“きっとイチローさんは、こんな緊張感のある打撃練習を自身の現役時代にしたかったんだろうな”と。
「投げていると、『誰が良いバッターか』よくわかりますよ」
約100球を投げ終え、玉の汗を流すイチローさんにソーシャル・ディスタンスを保ちつつ、声をかけた。こういった普通の取材ができるのもマリナーズキャンプのありがたいところだ。
「このくらいのスピードは投げてみようかと思って。この方が練習になるからね。投げていると、『誰が良いバッターか』よくわかりますよ」
意識の低い練習のための練習は不要。目的意識を高く持ち、常に実戦を想定し、課題を克服していく。現役時代にイチローさんが普通だと思っていた基本的な意識は、誰もが持っているものでもなかった。
インストラクターとなった今、自身が伝えたいことを言葉で示すのでなく、選手と同じ土俵に立ち、同じパフォーマンスレベルをキープし、ボールとバットを使いながら心のキャッチボールをする。イチローさんの指導に対する基本的な考え方だ。
監督も選手たちに「あのイチローだって……」
若い成長過程にある選手が多いマリナーズにとって、またスコット・サービス監督にとっても、イチローさんの存在は重要だ。朝の選手とのミーティングではイチローさんから聞いた話を引用することが監督でも多々あるという。先日も『バタフライ』をテーマにこんな話をしたと聞いた。