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トップボートレーサー・守屋美穂32歳が明かす“絶頂期に産休を取るという選択”「正直言って悩みました」
text by
長田昭二Shoji Osada
photograph byBOATRACE振興会
posted2021/03/13 11:02
トップボードレーサーとして活躍しながら一児の母でもある守屋美穂選手
「何でも訊けるのは新人の特権だし、私も新人の頃は本当に周囲の人たちに何から何まで教えてもらいました。だから後輩には何でも教えてあげたいと思っています。ただ、私は教えるのが下手なんです(笑)。一生懸命伝えようと頑張るんだけど、あとで、あれでよかったのかな? って反省してばかりで……。教えたことが結果につながらないと本当に申し訳なくなります」
一方で、自分から積極的に教えることはしない。そこには厳しい世界で戦い、這い上がって来た彼女ならではの優しさがある。
「人に教えることって、とても責任の重い行為だと思うんです。私が教えたことで成績が伸びなければその子の収入に直結するし、私が教えたことをしようとしてケガをするかもしれない。だから私は、『教えてあげる』と自分から近づくことはありません。でも、訊いてくれたら何でも教えたい。頑張っている子を応援したいんです」
本当に危なかったレースは「転覆した直後、ボートが……」
全長289.5cm、全幅133.6cm、重量75kg、排気量396.9cc――。
スタンドから眺めると木の葉のように小さく見えるボートを操る守屋の体重は45kgに過ぎない。体重の軽さはスピードの面ではメリットになるが、ひとたびアクシデントに巻き込まれると、ダメージも大きい。
「恐怖心はあります。水の上に出てしまえば、ずっと緊張状態ですね。ボートで走ることを『楽しい』と感じることもない。『緊張が解ける時』ですか? ピットで作業をしていてふと空を見上げて、いい天気だな……って思う時くらいかな(笑)。
何年か前に2コースからスタートして、最初のターンで差しに入ったところでターンマークにぶつかって転覆したんです。すべての選手がそこを目がけて突っ込んでくる一番危険な場所で、特に1周目は艇間もなく集団で通過するので避けようがない。その時も私がひっくり返った直後を2艇のボートが通り過ぎていきました。私はただ『体に当たらないで!』と祈るしかなかった……。それが一番危なかったシーンでしょうか。
私は転覆の回数が少ない方なので、たまに落水すると恐怖心が残ってしまうんです。その後しばらくは、似たような展開になると思い切って行けなくなりました。ただ、事故は確かに恐いけれど、技術を身に付けていれば大きな事故にはならない、とも思っています。だから必要以上に恐がることはない。恐いと思う以上の技術を身に付けよう、と考えるようにしています」
ボートレーサーである以上、「緊張」「恐怖」とは常に対峙し続けることになる。しかし守屋にとっての「つらさ」は、意外なところにある。
「暑さと寒さかな。真夏は水の上とはいえ日を遮るものは何もないし、スノーボーダーと同じような格好なのですごく暑いんです。じゃあ冬はラクなのかというと、そんなことはない。私は冬のほうが苦手ですね。手がかじかんで微妙な操縦に影響することがある。それでレースに負けると、本当に悔しいですよ」
絶好調のタイミングで「産休」へ
ボートレーサーの現役年齢に制限はない。平均引退年齢は50歳、現役最高齢選手は73歳と、他の競技に比べて選手生命が長いのもこの競技の特徴だ。選手生命が長い分、現役期間中には多くのライフイベントが訪れる。「結婚」のほかに、女子レーサーは「出産」を経験することもある。
24歳で結婚し、26歳で長男を出産。その後もトップレーサーとして活躍を続けてきた守屋は、シングルマザーになった。レーサーとして、母親としての目標は何なのか。