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目が合えば誰でも襲う“狂える虎”タイガー・ジェット・シンが震災で流した涙 「子どもは本当に神様の子なんだ」
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byAFLO
posted2021/03/11 11:02
アントニオ猪木(右)とタイガー・ジェット・シンの試合は周りが震えるほどの迫力だった
“素顔”のシンが語った貴重な言葉とは
それだけヒールに徹していたシンだけに、悪の仮面を脱ぎ、本音で語るようなインタビューはこれまでほとんどなかったが、筆者は10年前に一度だけ、“素顔”のシンにインタビューをしたことがある。
東日本大震災が起きた2011年の8月27日、アントニオ猪木が主宰していた団体IGFが両国国技館で『INOKI GENOME』という復興支援チャリティイベントを開催し、タイガー・ジェット・シンも参戦した。
そのイベント翌日、シンにインタビューをした際、「今回の『INOKI GENOME』は東日本大震災復興イベントという特別な大会だったので、インタビューも“ヒール”としてではなく、“人間”タイガー・ジェット・シンとして話をうかがいたい」とお願いすると、快く承諾してくれたのだ。
シンの財団がカナダの日本総領事館から表彰されたこの機会に、10年前に収録した貴重な素顔のシンの言葉を紹介したい。ホテルのラウンジで行ったインタビューでシンは、いつもの神経質な顔とはまったく違う、神妙な表情で被災地への想いを次のように語ってくれた。
「タイガー・ジェット・シンが赤子のように泣いていた」
「東日本大震災のニュース映像をテレビで見たときは、あまりのショックで全身に鳥肌が立ったよ。いまでも映像を思い出したら泣きそうだ。あんな映像は人生で一度も見たことがない。最初は『映画じゃないのか?』というような感じでいたが、まぎれもなく実際に起こっていることだった……。
とにかく金縛りにあったような感じになって、涙が止まらなかった。この私、タイガー・ジェット・シンが赤子のように泣いていたんだからね。私は数えきれないほど日本に来ているから、仙台や福島にも友人がたくさんいて、あのニュース映像を見たあとすぐに日本に連絡したんだよ。しかし、まったく連絡が取れなくてね。後日、何人もの友人が亡くなったのを知ったんだ……。もう何日も眠れない夜が続いたよ」
友人の死を語るとき、シンは目に涙を浮かべていた。そしてこう続ける。