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マラドーナはスキャンダラスな世界的英雄だった クライフ、ジダンと似て非なる庶民派のカリスマ性

posted2020/12/28 11:01

 
マラドーナはスキャンダラスな世界的英雄だった クライフ、ジダンと似て非なる庶民派のカリスマ性<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama/JMPA

毀誉褒貶が激しかったマラドーナだが、それだけ世間が彼の人間性に注目していた証でもある

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田邊雅之

田邊雅之Masayuki Tanabe

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Takuya Sugiyama/JMPA

2020年、サッカー界の巨星ディエゴ・マラドーナが60年の生涯に幕を閉じた。彼がサッカー界、そして世間に残したインパクトとは何だったのか。戦術史、社会史の2つの論点から追った(全2回の後編/前編はこちら)

 マラドーナほどの影響を与えられるサッカー選手は、もう登場しないのではないか。

 将来に対するぼんやりした不安は、戦術進化以外に関しても覚えることがある。マラドーナは現役時代から、無類の存在感を発揮し続けた人物だった。

 たとえばW杯メキシコ大会の「神の手」。最近のサッカー界ではVAR(ビデオ判定)が導入されたが、マラドーナがイングランド相手に手でゴールを決めたことも、1つの伏線になったのは明白だ。自身は悪びれもせずに述べている。

「(ゴールライン)テクノロジーの導入に賛成する時は、いつもあのゴールのことを考えるんだ。テクノロジーがあったら、あのゴールは生まれなかっただろうから(笑)」

 またマラドーナは巨大なアイコンとして、ピッチを離れたところでも絶大な影響を及ぼし続けた。近代国家の歴史において、スポーツが持つ社会的な価値と機能を、極限まで高めてみせた。

 「神の手」に込められた3つの意味

 「神の手」などはイングランドとの関係に限っても、3つの大きな意味を持っていた。

 1つは実際に先制点をもたらし、試合の流れを有利に導いたこと。2つ目は4分後に記録された「5人抜き」の呼び水となったこと、3つ目は家族や親族、友人たちの命を奪った「敵国」に対して決めたことだった。

 当時のアルゼンチンはフォークランド紛争に敗れてから数年しか経っておらず、イギリスに強い敵愾心を持っていた。

 たしかにこの戦争は、どちらの国にとっても無理筋のものだった。軍事衝突が起きるまでイギリス国内では島の存在さえ知らない人が大半を占めていたし、過去にはアルゼンチンへの売却が検討されたことさえある。一方、アルゼンチンの為政者たちは、国民の目をそらすべく、領土問題を取り上げるようになったに過ぎない。

 ところが実際には戦争にまで発展。 アルゼンチンは屈辱的な降伏を余儀なくされたばかりか、イギリス側の3倍近い死者と1万人を超える捕虜を出し、戦争を仕掛けた軍事政権が退陣に追い込まれている。

 軍事政権の崩壊は、アルゼンチンの大衆にとって吉報だったとは言え、イギリスに対する反感はかつてないほど高まっていた。そこでもたらされたのが「神の手」だった。やり場のない悲しみと絶望、無力感に苛まれる中で、自分たちの親兄弟や友人の命を奪った憎き敵国に完勝を収める。しかも相手が歯噛みするような形でゴールを奪った事実は、かつてない興奮とカタルシスを大衆に与えたのである。

 ただし、マラドーナと大衆の関係は多分に両義的だ。

【次ページ】 サッカーを国家のアイデンティティに高めた

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