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悲願の花園初制覇へ!公立校を屈指の強豪に育てた御所実業・竹田寛行監督の「秘密の共有」
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph bySankei Shimbun
posted2020/12/23 06:00
今年で教師としては定年を迎える御所実業・竹田監督。昨季を含め準優勝は4度、100回大会は悲願の初制覇を狙う
「僕は、できれば右を攻めたい」
このあと御所実業は全国の強豪の地位を確立していく。停滞や安住を戒めるかのように「御所のラグビー理論」の更新はやまない。それでも「無」から20年で全国大会ファイナルへ至った時期の問答にコーチングの核心がある気がしてならない。
当時、2008年度の資料をめくると、レギュラーのFW平均体重は81.7キロ。花園参加の51校にあって35番目である。15人の平均身長は170.7センチにとどまった。県外からの志望者の入学も原則なかった。それでも決勝は常翔啓光学園高校に15-24とよく迫った。
インタビューで初めて『左フィールドの戦い』という言葉を耳にした。こういうことだった。
「一般に(攻撃側から見て)左側のフィールドにエースを置くことが多いですよね。右利きの選手の場合、こちら側のほうがパスをしやすいので。反対に右の方向にはキックが増える。僕は、できれば右を攻めたい。キックもできる態勢でパスも使えるようにしながら。通常はキックに備えている防御をそれで崩す。防御にも応用します。キックの少ない方向では一枚増やしてプレスを仕掛けたり」
右利きの選手が左利きの者の得意な方向へパスを多用する。慣習を嫌う発想だ。
ライバル天理と対照的なラグビー
現在の御所実業の緻密で精確なラグビーはときに将棋やチェスを想起させる。しかし、1989年、名も無き指導者が名も無き学校で「打倒・天理」に踏み出すに際して、採用したのは「モールいっぺんとうの押しまくり」だった。
天理は伝統的に素早いラックの集散と精密なパスワークを身上とする。ならば遅れてきた旧・御所工業(2004年、統合に伴い御所実業へ改称)は反対の側を進む。同じ道ではいつまでも先行される。ジャージィも天理が白ならこちらは黒だ。
合言葉は「からんだ」。からむ=密集でボールに手がかかる。だれかがからむや、すぐに叫ぶ。すると塊の両サイドとまうしろの3人だけ残して全員が、つまり計12人がモールへ入る。そして、いつまでも押す。かつての競技ルールでは前進すれば自軍投入スクラムがもらえた。そこからまたモールへ。
ここに竹田イズムの鋭さがある。勝負から逃げない(普通ならあきらめる天理戦勝利)→簡潔な独自性の構築(12人モール)→自信と結束の獲得(ひとつでも相手を上回るところをつくり、みんなでそれを共有する)。
「生徒はラックという言葉も知りませんでした」
「からんだ」コールを始めて2年弱、就任から3年目、近畿大会予選で1点差の惜敗まで近づいた。
モールとは攻撃的であり実は防御的でもある。押しているあいだはグラウンドを広く用いるための時間はつぶれる。しつこく繰り返すこともオープン攻撃の再現よりは難しくない。乱暴に計算すると次のようになる。こちらに能力の高いバックスがひとりしかいない。向こうは5人だ。モールを組めば「1対5」の構図はひととき消える。