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大山加奈が不妊治療の全てを明かした「キャリアと自分の人生、両方を手に入れられる社会になってほしい」
posted2020/11/12 11:02
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph by
AP/AFLO
子どもたちからママさんまで幅広い対象に向けたバレーボール教室を開いたり、体罰や勝利至上主義の弊害などさまざまな問題が溢れるスポーツ界へ改善案を提言するなど、引退してもなお第一線で活躍を続ける大山加奈。しかし、その明るい笑顔の陰に秘めてきた苦悩があった。
2015年の結婚後間もなく始めた不妊治療。何気ない周囲の言葉に傷つき、ホルモンバランスの乱れから生じる体調の変化に苦しみながら3年の年月をかけても子宝には恵まれず、一度は夢を諦めかけた。
しかし、5度目の結婚記念日となった2020年9月28日。大山は自身のブログで双子の妊娠を発表した。
すでに妊娠6カ月を迎え、膨らみ始めたお腹をいとおしそうに気遣いながら「こんな日が来ると思わなかった」と繰り返す。溢れる喜びを噛みしめる一方で、かつての自分と同じようになかなか子宝に恵まれず、苦しさや寂しさや切なさを噛みしめる女性たちの痛みをいたわりながら思いをつづっている。
ブライダルチェックで知った自分の身体
自分の経験を伝えることが誰かの役に立つならば――。大山は、そう口を開いた。
15年9月の結婚を控え、婦人科へブライダルチェックに行った。昔から子どもが大好きで、結婚して母になることは強く望んでいた。同じ頃、母のガンも見つかった。少しでも早く子どもがほしいと願っていたが、診断結果はむしろその逆だった。
「AMH(アンチミューラリアンホルモン、発育過程にある卵胞から分泌されるホルモン)の数値がすごく低かった。当時の年齢は31歳だったのに、卵巣年齢は42~43歳。現役時代から生理痛も生理不順もなかったし、現役を終えて、結婚したら当たり前に子どもができると思っていたので、お医者さんから『35歳ぐらいまでしか妊娠できないかもしれないね』と言われて、私は妊娠しづらい身体なんだと初めて知りました」