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「腹破らんでくれ! 喉食って殺して!」本当にあった“ヒグマ食害事件”の地獄絵図
posted2020/08/10 00:01
text by
増田俊也Toshinari Masuda
photograph by
Getty Images
“三毛別ヒグマ事件”を扱った傑作ノンフィクション『羆嵐』吉村昭(新潮文庫)を超える恐怖がそこには綴られていた――作家・増田俊也氏による『慟哭の谷』の解説を全文公開。
【前編】「マユ。マユはどこだ!」8人の死者を出したヒグマによる惨劇「三毛別事件」の幕明け はこちらから
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本書は北海道開拓時代に起きた三毛別ヒグマ事件――1頭の巨大ヒグマが1週間にわたって開拓部落を襲い、7人を食い殺して3人に重傷を負わせた凄惨な事件を、克明かつ詳細に綴った記録である。
事件は、冬眠に失敗して餓えた凶暴なヒグマが、開拓部落の一軒の家を襲ったことから始まる。預かり子の幹雄は一撃で撲殺され、阿部マユが血まみれにされて熊に咥えられ山に連れ去られた(後に大半が食された無残な死体が土中から発見された)。
この事件を受け、最終的に北海道警のほか、陸軍歩兵連隊、消防組、青年団など、官民合わせ延べ600人、アイヌ犬10数頭、鉄砲60丁もの大討伐隊がこのヒグマに挑んでいく。しかしヒグマは吹雪と暗闇にまぎれ執拗に開拓部落を襲撃し、1人、また1人と人間を食い殺す。万策尽きた人間たちは殺された仲間の遺体を囮にしてヒグマをおびき寄せるという最終手段に出たが、ヒグマはそれをあざ笑うかのように人間たちを翻弄していく。いったいどうしたらあの悪魔を倒せるのか――。この稀有なモチーフとリアルな描写で、本書は日本文学史に永劫語り継がれるであろう大傑作ノンフィクションとなっている。
私自身、この事件をモデルにして書いた『シャトゥーン ヒグマの森』(宝島社)という小説で10年ほど前に作家デビューしている。新人賞受賞を目指す作品で、なぜこの事件をモチーフにしたのかというと、人間による過去のどんな殺人事件を調べても、この三毛別ヒグマ事件の前にかすんでしまったからだ。シリアルキラーによるどんな猟奇的な連続殺人事件も、このヒグマによる食害の凄惨さに比べたらかすんでしまったからだ。