熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
内田篤人を鹿島恩師&ブラジル勢も敬愛 マルキーニョス「アツは特別なアミーゴ、兄弟だ」
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byToshiya Kondo
posted2020/09/28 11:50
Jリーグ3連覇を喜ぶ内田篤人とマルキーニョス、オリヴェイラ監督、ダニーロ(右端)ら。ブラジル人選手からも“アツト”は愛されたのだ
ダニーロやファボンも懐かしそうに語る
MFダニーロとCBファボンは、共に2004年から2006年まで名門サンパウロで活躍し、2005年、アウトゥオリ監督が率いるチームで南米クラブ王者、世界クラブ王者となっていた。アウトゥオリ監督の推薦で、同時期に鹿島へ移籍した。
ダニーロは、2009年まで3シーズン、内田と一緒にプレーした。
「とてもスピードがあり、攻撃参加するタイミングが素晴らしかった。日本最高のサイドバックの1人で、それだけに年齢別日本代表やA代表と掛け持ちで試合に出ていて、いつも大忙し。見ていて可哀そうになるくらいのハードスケジュールだったけど、一生懸命頑張っていた」
CBファボンも、1シーズン限りだったが一緒にディフェンスラインを組んだ。
「彼の無尽蔵のスタミナには驚いた(笑)。岩政(大樹)、小笠原(満男)ら先輩からのアドバイスを、いつも真剣に聞いていた姿が印象に残る。とても真面目で、誠実。真正面からフットボールに取り組んでいて、向上心の塊だった」
対戦相手として内田を見たクルピの視点
当時、内田と対戦したブラジル人監督がいる。2007年からセレッソ大阪を率いて香川真司(現サラゴサ)、山口蛍(現ヴィッセル神戸)らを育てたレヴィー・クルピである。
「敵ながら、素晴らしい選手。彼のサイドからの崩しは脅威だったし、守備も急速に上達していった。パウロ(アウトゥオリ)とオズワルド(デ・オリヴェイラ)が彼を重用したのは当然だろう。もし彼が自分のチームにいたら、やはり17歳だろうが18歳だろうが起用したはずだ。
でも、1つだけ理解できなかったことがある。どうして、あんなに女性ファンが多かったんだい?(笑)」