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渡辺明が棋聖戦直後に新幹線で語っていた、藤井聡太の“違いすぎる終盤力” 「現状では藤井さんに勝つプランがありません」
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byWataru Sato
posted2021/06/05 17:01
17歳の才に屈した渡辺明は、1カ月後に悲願の名人位を獲得した
勝者・藤井聡太との残酷なほどのコントラスト
ミントブルーの和服から半袖のワイシャツに着替えた渡辺と関西将棋会館の1階でタクシーを待った。渡辺は自前のクーラーボックスを肩にかけていた。好きな飲料を冷えた状態で飲むために、夏の将棋会館の対局では持参している。
疲れているだろうと「持ちますよ」と提案したが、渡辺は苦笑し、「カバン持ちみたいでおかしいでしょう」と断られた。余計なことに気を回さず、記者なんだからオレのことをしっかりと観察しろよ、と言われた気がした。
裏口から出て共にタクシーに乗り込む。100人以上のファンがスマートフォンを片手に集まっていたが、フラッシュはほとんどたかれなかった。ちょうど会館内では、最年少タイトル獲得記録を更新した藤井が共同記者会見で眩い閃光を浴びているはずである。残酷なほどの勝者と敗者のコントラストだった。
藤井とは「終盤力が違いすぎるよなあ」
時刻は午後8時を回ったばかり。東京行きの終電には十分に間に合うので、ホテルをチェックアウトして新大阪駅に向かった。車中、渡辺が「終盤力が違いすぎるよなあ」とポツリと漏らした。これが、敗局について発した初めての言葉だった。
将棋には序盤、中盤、終盤という段階がある。終盤はお互いの玉を詰まそうという緊迫した状況で、勝負の決着に影響しやすい。将棋の強さは終盤の強さだ、と断言する棋士もいる。超トップ棋士の渡辺はケタ違いの終盤力を誇るが、それでも藤井にはとてもかなわない、と自ら認めたのだ。
午後9時を過ぎた新大阪駅に人気はほとんどなかった。持ち時間が4時間の棋聖戦は昼食休憩以降ノンストップで行われるので、渡辺は夕食をとっていない。
温かいものが食べたいというので、たこ焼きを購入する。そして「大阪からの帰りには堂島ロールを食べるんですよ」と照れ臭そうに言って、ロールケーキを買うために小走りで店舗に向かった。