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中村憲剛「等々力に神様はいたな」
大怪我からの帰還と2月のやりとり。
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph byJ.LEAGUE
posted2020/09/01 11:50
復帰戦でのゴールに観衆だけでなく、関係者も拍手を贈った。中村憲剛は今もなお川崎フロンターレ、そしてJリーグの顔である。
ファーストプレーからシュート。
8月29日のJ1リーグ第13節・清水エスパルス戦。
試合時間が残り15分を切り、等々力競技場のスコアボードは、すでに3-0となっていた。
301日ぶりに帰還する舞台は整った。77分、18年のプロキャリアで未体験だった試練を乗り越えたバンディエラが登場すると、一際大きな拍手がスタジアムを包んでいる。
「10カ月ぶりのピッチで、怪我をしたのは11月の等々力での広島戦。そこから今日のこの日まで、この日のために全て捧げてやってきました。みんな待ち望んでいたと思いますけど、誰よりも自分が待ち望んでいた瞬間でした」
試合後の中村は、あの日のあの瞬間をそんな風に振り返っている。
タッチラインに入る直前、隣にいる小林悠と行った肘タッチこそ空ぶったものの、逆にそれでリラックスできたという。ピッチに入ると、10カ月分のサッカーへの情熱を全身で表現し続けた。
ファーストプレーは、トラップでもパスでもなく、シュートだ。
宮代大聖からの落としに走り込むと、迷いなく右足を振り抜いた。「小林に当たらなければ入っていたと思います」と言及して笑いを誘ったが、これが301日ぶりにピッチでプレーする彼のサッカー感覚を強く刺激する瞬間にもなった。
「最初にシュートを一発打って、自分の中でスイッチが入ったところはありました。チームが3点を取ってくれてたけど、自分自身の中にも攻撃的な姿勢を持ちたいと思ってました」
完治した左足でのループシュート。
そんな強気の姿勢が、思わぬ幸運を引き寄せる。
85分、三笘薫と連動してプレスをかけに行くと、相手の不用意なコントロールミスから、目の前にボールがこぼれてきたのである。千載一遇のチャンスに、「これはループだろう」と頭の中で絵が浮かんだ。
トラップで持ち替えて右足でシュートで撃ち抜くのではなく、完治した左足をダイレクトでボールに合わせて、それでいて優しく浮かせてゴールに届けた。3失点を喫しながら再三の好セーブを見せ続けていた清水のGK大久保択生も、頭上を越えていく美しい軌道をただただ見送るしかなかった。