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東京五輪に向け、引退か手術か──。
ハンドボール宮崎大輔、39歳の決断。
text by
奥村佑史(テレビ東京)Yuji Okumura
photograph byNewspix24/AFLO
posted2020/07/30 08:00
4大会連続で五輪日本代表に選ばれたレジェンドも、去年1月の世界選手権を最後に代表から遠ざかっている。
「実業団時代より走れるようになった」
これから始まるリハビリ生活は半年以上。3カ月で動かせるようになり、半年で肩を使った運動を再開する。
少しでもリハビリを焦って再び痛みを伴えば、更に復帰への時間は長くなるという。そんな状態でも「コートに戻って、肩を気にせず思いっきりシュートを打てるのが楽しみ」と持ち前の明るさで語った。
実際、大学に戻ってからの宮崎は代表復活への希望も得ていた。
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日体大の持ち味でもある「走り」を徹底した結果、体重は一時8キロ減。ダッシュやフェイントなど、瞬発系の動きに磨きがかかり、大学で指導する松井幸嗣監督も「実業団時代より走れるようになった。プレー中も周りが見えている」と期待を寄せるほどだった。
来年は40歳になるが、それも宮崎に言わせれば「自分の中ではまだ若い。大学で動ける体になったのが大きい」と年齢への不安もない。
「自分にできるのは“準備”すること」
過去4回挑戦した五輪はいずれも最終予選で敗退し、涙を飲んできた。だが、東京五輪はすでに開催国枠で32年ぶりの出場が決まっている。
つまり、代表16名のメンバー(登録は14名)に入ることが今後の目標になる。
宮崎が離れた日本代表は今、多くが20代の選手で「2024年のパリ五輪でメダル獲得」という長期計画の最中。
当然、宮崎自身も「若手の育成」という日本ハンド界の至上命令を理解している。そして、だからこそ「自分にできるのは“準備”すること」だという。
「もしかしたら誰かがケガで離脱するかもしれないし、調子を落とすかもしれない。代表監督に『大輔頼むよ』と言われたら、いつでも代表に合流できるように準備していく。それが五輪を目指す僕の使命でもある」
長年、日の丸を背負い続けてきた宮崎だからこその代表への想いがその言葉にあらわれていた。