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悪の王者EVILの相棒、ディック東郷。
ナマハゲからゲバラまでの“謎の50歳”。
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2020/07/24 20:00
チェ・ゲバラをリスペクトするディック東郷らしいベレー帽姿。異国の地を渡り歩いてきた男は日本で革命を起こせるか?
世界中を放浪した末にボリビアで現役引退。
ユニバーサル・プロレスでデビューした東郷は、メキシコに渡り、その後みちのくプロレスに参戦、1998年にはWWF(現WWE)に入ったが、1年で退団。スペル・デルフィンの大阪プロレスに参戦した。ノアやDDTのリングにも上がった。
2011年6月、外道を相手にして日本国内引退試合。
それから放浪のレスラーとして世界の旅に出て、気の向くままに試合をした。
2012年9月、ボリビアの地でプロレスラー引退。
ゲバラが死んだ国を選択しての引退だった。
「ゲバラに近づきたい」気持ちがそのプロレスラーとしての生き方ににじみ出ていた。比較したら、到底ゲバラには及ばないのはわかっていた。でも、そのプロレス版を東郷はやってみたかったのだろう。
ゲバラが青春期にやった南米大陸を放浪したような旅を、東郷は40歳を過ぎてからやってみた。当然、人生観はまた、変化していく。
日本人プロレスラーとして世界中を駆け巡った。
2012年の引退後はベトナムに移住して、プロレスのスクールやベトナム初のプロレス団体を作ったのも、ゲバラの「第2、第3のベトナムを作る」という言葉の影響を受けたものであることは間違いない。
ゲバラのように生きる――。
ゲバラはボリビアで命を絶たれてしまったが、東郷はボリビアで引退という終止符を選んだ。だが引退してから数年後……まだ自分はプロレスラーとして生きていることに気付いてしまったのだろう。
東郷は2016年、突然、カムバックを決意し、日本のDDTの大会において現役復帰してみせた。さらに生涯現役宣言までして、みちのくプロレスなどを舞台に日本各地で試合を続けていた。