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2015年ラグビーW杯での極限状態……。
五郎丸歩はなぜ安定していたのか。

posted2020/06/29 19:00

 
2015年ラグビーW杯での極限状態……。五郎丸歩はなぜ安定していたのか。<Number Web> photograph by AFP/AFLO

2015年のラグビーW杯。練習の合間に空を見上げていた五郎丸歩。どこまでも大胆、かつチームメイトを思いやる繊細な気持ちが歴史的プレーを生んだ。

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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AFP/AFLO

 新型コロナ禍が世界中でいまだに猛威を振るう中、それでも徐々にスポーツイベントが帰ってきています。NumberWebでは、こんな時期だからこそ、もう一度読んでいただきたい過去の『Sports Graphic Number』(2015年の臨時増刊「<エディー・ジャパンW杯戦記>桜の凱歌」)の記事を、特別にWeb上にて公開することにいたしました。
 今回は、あの2015年のラグビーW杯時、自分の弱みを素直に見つめることで強くなった“勇気の人”五郎丸歩選手の記事です。

 アップセットの火ぶたを切ったのは背番号15だった。開始4分、自陣22m線付近で組まれたファーストスクラムからの3次攻撃で、五郎丸歩はいきなりビッグゲイン。両手でボールを掴み、前傾姿勢で相手の防御を切り裂いて前進し、直後に相手反則を得ると、正面32mの先制PGを鮮やかに蹴り込む。スタジアムが大歓声に包まれる。

 そこから80分間、いや、W杯を通じて吹き荒れるジャパン旋風の始まりだった。

 30分にはコンバージョン、後半も42分、48分、52分、59分と、着実にPGを成功させる。何度もリードを奪いながら突き放せないモスグリーンのジャージーに焦りの色がにじむ。そして68分。左ラインアウトからサインプレーで抜けたWTB松島幸太朗からパスを受け、五郎丸が地響きを立てながら右中間インゴールへ飛び込んだ。

 よっしゃあ!

 右のコブシで芝を叩いて喜ぶ五郎丸に、WTB山田章仁が、松島が、立川理道が、リーチマイケル主将が、次々と駆け寄り、身体をぶつけて喜びを爆発させる。スタジアムが絶叫に包まれる。五郎丸が難しいコンバージョンを蹴り込む。29-29の同点。

「トライなんて、トップリーグでも滅多に取らないんですがね」と五郎丸。普段とは違う、特別な何かが起きようとしていた。そして82分、相手ゴール前のPKで同点PGを狙わず、スクラムを選択し、WTBカーン・ヘスケスがついに左隅インゴールをこじあけた! 逆転トライ!

 スタジアムが揺れた。スタジアムを埋めた観衆が叫ぶ。いくつもの日の丸が舞う。

 歴史が、動いた。

「オレ、緊張してる」と明かした五郎丸。

 その2日前、メンバー発表会見に現れた五郎丸の顔は、緊張で青白く見えた。

「日本代表で50何試合に出てきたけれど、今までで一番緊張しています。普段通りの平常心で臨むのは無理(笑)。W杯は小さいころから本当に憧れていた舞台ですから」

 その日のミーティングで、五郎丸は他のリーダーの前で「オレ、緊張してる」と明かした。リーチや畠山健介ら他のリーダーたちは前回のW杯を経験していたが、五郎丸は初めてだった。だが、常に平常心を貫く男が明かした弱さは、むしろチームの結束を高め、弱さと向き合う勇気を与えた。

 その勇気は、観る者にも伝わった。

【次ページ】 観客を味方につけるためにエディーは何を言った?

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