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2015年ラグビーW杯での極限状態……。
五郎丸歩はなぜ安定していたのか。
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byAFP/AFLO
posted2020/06/29 19:00
2015年のラグビーW杯。練習の合間に空を見上げていた五郎丸歩。どこまでも大胆、かつチームメイトを思いやる繊細な気持ちが歴史的プレーを生んだ。
「僕も機械じゃないんで、外すときは外します」
日本にとっては予想外の大敗。それでも五郎丸は、動揺を見せなかった。
「悔しいけど、仕方ない。顔をあげて、次に向けてやっていくだけです」
PGの失敗も引きずってはいなかった。
「僕も機械じゃないんで、外すときは外します。チームも生きものなので、いいときもあれば悪いときもある。南ア戦にはいいところがすべて出たし、スコットランド戦には悪いところがすべて出た。この波を小さくしていくことが、ティア1の強豪国に割って入るためのカギだと思います」
冷静な口調に、聞く者を安心させる魔力のようなものが漂う。
W杯は短期決戦だ。戦って行くには、ひとつの失敗を引きずってはいられない。当たり前といえば当たり前のことだが、大舞台なればこそ、これが難しい。それを、初めてW杯に乗り込んだ五郎丸は、当たり前の顔で遂行していた。人間が進化する瞬間、大きくなる過程が、そこに見えた。
ラグビーへの関心が全国で爆発的に広がった。
そして3戦目のサモア戦。
またも五郎丸が魅せた。
前半は2G2PGの4度のキックを成功。後半13分には、カウンターアタックからのキックを追ってきたサモアの豪脚ポール・ペレスがハーフウェー付近でボールを掴もうとした瞬間、内側からカバーに走ってきた五郎丸が間一髪ボールを奪いタッチの外へ転がり出た。届かなければ間違いなくトライ。そうなればサモアは一気に勢いづいたかもしれない。5点、7点を防いだだけではない、試合の流れを決める一撃に、五郎丸は「自分の責任を果たせて良かった」とシンプルに振り返った。サモア戦は26-5、予想以上の完勝だった。
大会を通じて、五郎丸の存在感は、急激に高まっていった。プレースキックを蹴るときの中腰の構え、指を立てるポーズは日本でも英国でも、子どもも大人もこぞって真似、その映像が次々にSNSに投稿された。ラグビーに無縁だったテレビの情報番組から女性誌にまで「五郎丸」の活字と写真が次々に躍り、女子高生は「五郎丸さんと結婚したら私の名前はどうなるかな?」と話して笑い転げた。
本人はこの事態をどう感じているのか。
「我々が求めたことが現実になった。今まで、ラグビー日本代表が、これほど高いものを求められることはなかった。期待を感じながら、グラウンドでプレーできるのは嬉しいこと。緊張はない。楽しんでいます」
五郎丸はW杯の前に「日本がW杯で結果を出したら、日本の社会に強いメッセージを発信できるんじゃないか」と話していた。
「フィジカルコンタクトのある、(体重別の)階級のないスポーツで、日本代表が結果を出す。これは凄いことだと思うんです」