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トーレスとイニエスタ、最後の抱擁。
語られなかった2人だけの2秒間。
text by
原壮史Masashi Hara
photograph byMasashi Hara
posted2020/06/22 07:00
カメラマンが去り2人だけになり、戦友と現役最後の抱擁を交わすイニエスタの表情から笑顔は消えていた。
イニエスタとトーレスのコイントス。
3月との違いは、鳥栖の監督がルイス・カレーラスから金明輝に代わっていることや、神戸に酒井高徳が加入したことなど様々あったが、この写真に関しては、イニエスタが神戸のキャプテンマークを巻いていたことが挙げられる。
ルーカス・ポドルスキの長期欠場で“盟友の引退試合だから”ではない自然な形でその役割を担ったイニエスタは、引退する当のトーレスとは対照的に、アップ中からセンチメンタルになっているように見えた。
キャプテンの役割の中には、陣地かボールかをコイントスで選ぶ、というものがある。
両チームの選手が握手を交わし、集合写真の撮影が終わると、2人はキャプテンとしてコイントスのために審判団のもとに向かった。すぐに、中継局のカメラと6人のオフィシャルカメラマンがそこに駆け寄った。コイントスを終えた2人は彼らに向かって肩を組み、笑顔を作ってフォトセッションに応じた。
ワイドレンズでもズームレンズでもなく、本来は試合中に使うはずの望遠レンズを構えていた私は、オフィシャルカメラマンたちの隙間に彼らを見ていた。必ず撮影のタイミングが生まれる、というわけではないが、撮るべきものがそこにある以上は、たとえ結果的にノーチャンスであったとしても、ベストは尽くしておくべきだろうと思うからだ。
イニエスタに笑顔はなかった。
2人がそのまま5秒ほどフラッシュに包まれると、撮り終えたカメラマンたちはキックオフに備えてピッチを去ろうとした。
その瞬間、2人はこの日3度目の抱擁を交わした。
背番号8が何かを言いながら身体を近づけると、トーレスは笑いながらその背中に手を回した。その間、約2秒。
私は夢中でシャッターを切ったが、それまでとは違い、イニエスタに笑顔は無かった。
すぐに2人はチームメイトのもとへと向かい、私は試合の撮影ポジションへ移動した。