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慶應高・森林監督と62人の部員達。
甲子園が失われても「次の一歩を!」。
posted2020/05/22 17:00
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph by
Manami Takahashi
5月20日、午後8時。
慶應義塾高校の森林貴彦監督は、自分を含め総勢80人の想いを心に刻んでいた。
Zoomミーティングでモニターに映し出される62人の野球部員。いまだ入学式が行えないため、その場に1年生はいない。選手たちに主導権を持たせ、そこに大学生コーチらスタッフたちが耳を傾ける。森林は、その光景を静かに見守っていた。
「悔しい……です」
選手が口々にぶつける、やり場のない悲しみに寄り添う。
「代わりの大会をやってもらえたとしても、優勝したチームが一番悔しい思いをするだけなんじゃないかと……」
可能性にすがれず虚無感を表す選手に、胸が締め付けられる。
誰もが涙を流していた。
気丈に振舞っていた主将の本間颯太朗も、感情を抑えることができなかったが、ミーティングの最後には力強くチームに訴えかけた。
「悲しい、悔しいって泣いていてもしょうがない。ここから何もしないで放り投げてしまったら、今までやってきたことがゼロになる。俺たちの最後の試合がどういう形になるかまだわからないけど、最高のプレーをするために明日からみんな、自主トレ頑張ろう!」
全員が決意を共にする。
失意の底に落とされながらも涙を拭い、顔を上げる選手たちに、監督は目を細めていた。
翌日に電話取材に応じてくれた森林が、落ち着いた口調で情景を紡ぎ出してくれた。
「うちの場合、周りからクールにやっていそうなイメージを持たれているかもしれませんが、実際は違うんです。1人ひとりが甲子園で野球をやることを目標にやってきて、その舞台を奪われた悔しさは、他のチームと同じ。あの時は、心の叫びを受け取りました」
「『大人って都合がいいよね』と思っているはず」
遡ること午後4時。日本高野連と主催の朝日新聞社から第102回全国高校野球選手権大会と、代表校を決める地方予選の中止が発表された。高校野球にとってそれは、79年ぶり、戦後では初めての「事件」だった。
全国的に新型コロナウイルスの感染が収束傾向にあるとはいえ、学生たちの健康を守り、学業を優先するための苦渋の決断だった。ただ、球児たちに影を落としたのは間違いない。
森林が、選手の心情を慮るように漏らす。
「全ての競技に言えることですが、高校生たちはおそらく『大人って都合がいいよね』と思っているはずなんです。普段は『高校生は大人なんだから』と言うのに、今回のケースのように『健康が第一だから、今は自粛しなさい』と子供扱いする。『命には代えられない』と正論を出されてしまうと、大人である僕らだって何も言えなくなるわけです。スポーツは安全が保障された環境でやるべきなのは理解できますが、今はそちらのほうに傾きすぎているような気がします」